#4

朝登校するとき。
廊下を歩くとき。
他の階の教室へ向かう道中、社会科準備室の前を通るとき。

踊り場で部活を行うとき。
担任に呼ばれて、職員室に入るとき。

どこかにあの燃える髪が見えないか、期待してしまう。
すれ違いたい。あわよくば、言葉を交わしたい。香水と石鹸の混ざった、ほのかな香りを吸い込みたい(キモくてごめんなさい先生)。

一目も会えない日は、酷く寂しい。
やっと片付いた一人の部屋に帰る時も、綺麗な夕焼けを見た時も、友達と行ったカラオケで恋歌を聞いた時も、流行りの映画を見たときも、煉獄を思い出してしまう。

先日踊り場で階段から落ちそうになった時の煉獄はヤバかった。ちょっと悪戯な、優しい赤に射ぬかれ、鼓動が早鐘になったかの如く警鐘を鳴らした。
この人を好きなのだと、思い知らされた。

誰かにこんなに焦がれる事なんて、初めてだ。中学の頃もそれなりに誰かを好きになったり、好かれたりした。が、それとは比べ物にならない。楽しいより苦しい。寂しい。切ない‥。

‥届かないって、わかっているから。





気分が高揚したり、落ち込んだりする。今日は後者だ。いつも楽しみな歴史の授業すら。

煉獄に会いたい。だが、姿をみると高望みしてしまう。その強い光を灯した瞳に自分の姿をうつしてほしい。できるならもっと、

(私は何を望んでいるのだろう)
チョークを粉々にしながら快活に教鞭を取る歴史教師をぼんやり見ながら、なまえは眉を寄せる。
恋人になれる事は無い。
初めて会った時、告白した女子生徒に煉獄は何と言った?
君は生徒から逸脱することは無いと。
学業を全うしろと。

(‥‥‥)
俺は君を生徒としか見られない‥‥
君を?
生徒は、ではなく?


「みょうじ」
ぼんやりしていたなまえは、教師が目の前まで来ていたことに気付かなかった。
ハッと顔を上げると、眉を下げた煉獄がこちらを見下ろしている。そして、徐に腕を伸ばした。

トン。
「集中」
「!!!」
眉間のあたり、煉獄の指が。今、触れた?

「すみませっ‥」
ぐるぐると混乱する頭と上気する顔を隠すべく、ぺこりと頭を下げた。
静まり返った教室の一部からは、興奮した女子生徒達のキャーっという嬌声が聞こえている。
この人は、分からないのだろうか?
自分の一挙手一投足が、こんなにも人を魅了する事を。
好きにならない方が難しい。


「煉獄先生」
授業の後、教室を出ようとする教師に。
初めて自分から声をかけた。
「どうした、みょうじ!質問か?」

あの日煉獄は、あの女子生徒を拒絶したのだ。生徒は生徒としか見られない、ではなく。俺は君を好きにはならないと。これからも。
ならば、なまえはまだ希みがある?


「いえ、分かりやすかったです!‥途中、ぼーっとしてしまってすみませんでした。」

恋人になれなくてもいい。
‥否、天地がひっくり返ってもなれないだろう。‥‥‥在学中は。


「気にするな!誰にでもある事だ!‥よもや、体調が悪いわけではあるまいな?」

急に真顔になり、少し屈んで目線を合わせてくれる。あぁ駄目だ、この人はずるい。

「‥大丈夫です!」
こんなに会話が往復したことは無い。絞り出せ、綺麗にまとめろ。あー格好イイなもう!

「‥そうか。何かあれば、遠慮せずに相談してほしい。俺でなくても、担任の悲鳴嶼先生でもいい。では、またな」

先生、優しすぎ。大好き。
残されたなまえは、ぎゅぅ‥と制服の裾を握りしめる。

どうせ諦められないのだから、やれる事はやろう。在学中は無理でも、卒業したら、遅くても成人したら。振り向いてくれるかもしれない。そう、どうせ、何年後でも気持ちは変わらないのだから。



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