#69

クリスマスまで、あと一週間。
駅前には巨大クリスマスツリーが出現し、大通りの並木道ではイルミネーションが煌めく。恋人達の季節だ。

"クリスマスパーティーのお知らせ"と書かれたプリントを手にし、なまえは内心ため息をついた。
‥一昨年のクリスマスは散々であった。強いショックで記憶が断片的だが‥直接茶髪ピアスと会ってしまった。そして今年はどうだ。3年間想い続けた煉獄にフラれ、そんな中でパーティーとは。嫌でも煉獄を目で追ってしまい、楽しめるはずが無いだろう。

欠席、に丸を付ける。‥クリスマスが恋人の行事なのは、日本の文化だ。本場欧米では、家族で過ごすのが定番である。年末年始は逆だけどね。いいんだもう、拗ねてるから今。


お願いします、と言って出欠表を担任に提出する。書けた者からバラバラと教卓に提出しているから、邪魔にならないようにすぐに踵を返した。

「来ないのか?」
「!」

これは予想外だった。振り向くと煉獄は、至極真面目な顔でこちらを見ている。

来ないのか?というよりは‥何故来ないんだ、と捉えた方が正しい言いぶりであった。
来てほしいの!?‥な訳ないか。一昨年も欠席だったので、一度くらいは顔を出せということか?‥いや、企業じゃあるまいし。

「はい‥」
‥煉獄の意図が分からない。内心首を傾げつつ、返事をする。

「予定が?」
「無いですけど‥」
クリスマスに予定がありません!っていうのも何だか切ない気がするが。

「‥煉獄先生、誘って下さるんですか?」
我ながら生意気な事を言ったと思う。だがこれは些細な抵抗だ。拒絶するならば、情けはかけないでほしい。

「‥‥‥」
ちょっと。そんなに悩まないで下さいよ。クリスマスパーティーのお顔じゃないですよ。凛々しくて格好良いけど。


眉を寄せてしばらく沈黙した煉獄の唇から、小さく「‥来てほしい。気晴らしにもなる」と発せられた。
なまえは目をぱちくりさせる。あぁ、伊黒先生が何か言ったのか。それで私を気遣って‥‥‥って逆効果!泣いたろか!

「分かりました!では、これでお願いいたします!」
だがここまで言われて断ることはできない。なまえは欠席の丸を消すと、出席を囲み‥頭を下げて席へ戻った。






放課後、ドレスを買いに出た。夏にバイトをした店が、通年ドレスを置いていた筈だ。どうせなら可愛い物を買いたい。卒業前に、あわよくば‥煉獄の中のなまえ像を、可愛くアップデートしておきたい。服だけでも!

(‥‥全然好きな気持ち落ち着かないな)
早足でイルミネーションの中を歩きながら、自嘲する。煉獄と距離ができてから、もう一ヶ月以上になるが‥頭では分かっているのに、心が全く付いてこない。

それに‥煉獄の方に、少し変化があった。

あの雷の日から‥煉獄となまえは、まるで何事も無かったかの如く‥その他大勢と同じ、当たり障りのない関係を続けてきた。そうせざるを得なかった。
一度崩れた、教師と生徒という絶対的な関係の狭間にある壁が‥煉獄の意思で、再び構築されたのだから。そこには焼き芋も、1年間のメールも、夏祭りも存在しなかった。過去と未来の一切を、煉獄が消したのだ。彼の瞳には、何も見えなかった。

傍目には分からないだろうが‥煉獄は、なまえを避けているように見えた。煉獄に想いを寄せていなければ、本人でも気付かない程度の違和感だ。それほどに煉獄は、人間関係のコントロールに長けていた。大人であった。彼はなまえを傷付けるつもりなど毛頭無い。それだけは分かっていた。ただなまえが敏感なだけだ。煉獄を愛するあまり、彼の心情を思うあまり。


だが化学室でなまえが泣いた、翌日から‥何かが変わった。作り物のように無機質だった煉獄の瞳に、何かしらの感情が見て取れた。視線が合うようになった。その代わり、彼の太陽のような笑顔はなまえの前では消失し、そこにありありと後悔と迷いが浮かんでいた。何かに葛藤し、苦しんでいるように見えた。今朝方の表情もそうだった。

なまえはこの変化が‥煉獄の優しさによるものだと解釈した。今朝の台詞からすると、きっと、伊黒が何か言ったのだ。‥なまえが、何かしらで泣いていたと。だから彼は、拒絶の意思を示しながらも‥なまえを気遣っているのではないかと。
素直に、嬉しい。そして同時に、寂しい。もう諦めるから、嘘でも笑顔を見せてほしい。それほどに、なまえは追い詰められていた。

「ふぅ‥」
息が凍る。大通りの並木達は、上品なシャンパンゴールドを身に纏い、美しい。煉獄の隣で見た、初めての花火が脳裏をよぎった。


「‥‥‥」
年を越したら、本格的に受験だ。そうなれば、学校へ行く頻度は減る。このままフェードアウトして行くのか、なんだか微妙な終わり方だなぁと、他人事のように考えた。

「‥‥‥」
逃げたい。そうだ、ドイツへ帰ろうか。資格を取り、日本の大学へ1年通えば、向こうの入学資格を満たす筈だ。恋愛をしに日本に来た訳では無かったが‥辛いのだ。‥日本にいろと言った煉獄は、もういない。もしも、愛が手に入らなくても、同じように微笑んでくれたなら‥‥‥。





「あ!みょうじ先輩!」
ドレスを買い、モール内の本屋で立ち読みしていると、千寿カに声をかけられた。

相変わらずの下がり眉と、大きな赤い目が可愛すぎる。彼は受験は無いのだろうが、授業のためか。手に参考書を抱えていた。


ニコニコと駆け寄ってくる彼の、マイナスイオンが凄い。あー、浄化される!抱き締めたい!

「あれ?‥みょうじ先輩、それ‥」
「あ」
彼の視線で、今自分が手にしている本を思い出す。ドイツの大学に関する本だ。

「‥‥‥‥‥」
あああああ目がうるうるしている!!俯いて上目遣いはダメでしょ!やめて!顔で抗議するのやめて!可愛くて負けそう!

なまえは本を元の位置に戻すと、視線をさ迷わせる。
「まだ、決まったわけじゃ‥」
まさか、あなたのお兄さんにフラれたから出国します、など言える筈も無く。


「‥‥‥」
眉が下がりすぎて縦になっているのではないか。口角まで下げた千寿郎が、ス‥、とスマホを手にした。

「どしたの?」
「兄に報告します!!」
「ななな何で!?」

スマホを奪いに行くなまえと、小猿のように素早く避ける千寿郎。

「兄に説得してもらいます!」
何で本人目の前にいるのに!?やめて!原因の張本人を組み込まないで!ややこしい!

「だって、みょうじ先輩‥日本に帰りたいってずっと言ってたじゃないですか‥」
「‥‥‥」

千寿郎がピタリと動きを止め、なまえを見る。

「何かあったって事ですよね?‥兄が、守れなかったって事ですよね‥‥?」

チクリ、と胸が痛んだ。‥‥違う、これは、誰も悪くない。強いて言えば、なまえが弱いだけだ。


なまえは千寿郎の手を握る。瞬時に、幼さの残る頬が赤くなった。
「よく考えるから。黙っていなくならないから。」


潤んだ赤い目はじっとなまえを見つめると、こくりと頷いた。




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