#70

肩からデコルテが上品に開いた、ミモレ丈のドレス。五分袖で、ところどころ、レース生地がアクセントになっている。スモーキーな薄花色が目立ちすぎず、かつ華やかで非常に使い勝手が良さそうだ。

髪はコテで巻き、後ろで編み込んでまとめた。夏にやってもらったみたいにあちこちの毛を引っ張り出してみたら、とてもそれっぽい雰囲気になった。こなれ感とやらだ。

合わせてハイヒールも買った。気合い入りすぎだろうと我ながら思うが‥煉獄先生が誘ってくれたのだ、一目くらい視界に入れてくれるだろう。私をフッたこと、後悔させてやるわ!‥いや無理!先生と私じゃ、月とスッポンだった。

軽く化粧をし、上からロングコートを羽織る。予約したタクシーは既に到着していた。決して気取っているわけではない。ヒールは慣れてはいるが、長距離を歩くと爪先が痛くなるからだ。






まだ夕方であるが、既に日は落ちており、暗い。パーティー会場は螺旋階段で地下一階と地上階が繋がれた、お洒落なレストランであった。照明は少し薄暗く、クリスマスパーティーというよりは、結婚式の二次会といった雰囲気だ。上の階が有名ホテルということもあり、内装が全体的に上品である。


「ぎゃぁぁぁぁぁなまえちゃん!!美しすぎるよ!!女優が舞い降りたのかと思った!!いいの!?こんなに美しくていいの!?」

この薄暗い会場で何故見つけられたのか、入って2秒で善逸が飛んでくる。そして彼は、しもべのようになまえの前へ跪くと、手を差し出してなまえの手をとった。‥彼の目には私がアプリ加工か何かで美化されて見えてるの?‥と、いつもより更に仰々しい対応に、恥ずかしくなる。


ウフフアハハとなまえの手を引いた善逸は、奥にいた炭治カと伊之助の元へ案内してくれた。途中、煉獄の前を通過したが‥‥‥あいにく勢いが凄すぎて、顔を見る事はできなかった。なのに、彼が沢山の女子生徒に囲まれていた事だけはしっかり記憶してしまった‥。中には、先日の文化祭でミスコンに選ばれた生徒もいる。まぁもう関係ないんだけどね、フラれたし。


「凄いね、豪華だね!」
天井のシャンデリアや、バーカウンターに並んだ色とりどりの瓶‥。何だかわくわくする。
「飯も凄ェ旨いんだぜ!取りに行くぞ!ついてこい!」

折角お洒落をしているのに、中身が通常運転の伊之助に笑ってしまう。彼はビュッフェが並ぶテーブルに行くと、お皿を山盛りにして帰ってきた。
「行儀悪いぞ、ちょっとずつ盛れよ」
呆れた顔で善逸が注意するも、山盛りの皿は一瞬で綺麗になる。

「大丈夫だ、俺、絶対ェ残さねェから」
「そういう問題じゃ‥うーん」
何で山盛りはダメなんだっけ?と、純粋な伊之助の笑顔にアテられて、善逸は自信を失くしてしまった。

「飲み物もあるぞ、なまえ、取りに行こう!」
炭治カについて、バーカウンターへ向かう。ソフトドリンクなのに、シャンパングラスで提供してくれるらしい。何か、色も綺麗だ!

なまえは青色のソーダを指差す。
「これは、ブルーハワイ?」
「あはは、ブルーハワイはかき氷だけなんだ」
炭治カがニコニコと教えてくれる。

「そうなんだ!ソーダっぽかったけど、ブルーハワイって、何味なんだろ?」
「え?」
真顔で質問すると、炭治カが固まる。
「何だろうな、善逸?」
「うーん‥俺、日本人じゃないのかも」

かき氷の、青としか‥‥。善逸はまたも自信を失くしてしまった。何だかごめん。気にするな、飲もうじゃないか!


「憧れのメロンソーダ!!」
メニューにあったので注文したところ、キラキラの青いソーダに、バニラアイスを落として出してくれた。何と綺麗な!そして美味しい!

何やらお洒落なBGMがかかっていて、雰囲気だけで酔いそうになる。


アイスを食べようか、混ぜて飲もうか真剣に悩んでいると‥宇髄がやってきた。
「おぅみょうじ!女子ぶったもん飲んでんな!」
「今まで隠していてすみません、実は女子なんです!」
「マジか!」

こういう場が好きなのか、楽しそうに笑っている。
背の高い宇髄は、今日は一段とお洒落だ。高そうな赤みがかった黒いスーツ。カフスがキラキラしている!

「甘そうだなしかし‥あと2年したら、俺が良い酒飲ましてやるぜ」
「パパ活かな?」
「良い度胸だ表出ろや」

ガシリと頭を掴まれる。ヒィ崩れる!
あと先生、話しかけてくれるのは有難いんですが、後ろに女子生徒大量に引き連れてくるの止めてください。ピ●ミンじゃないんだから。


「あっ無一郎くん!」
宇髄が去った後、時透兄弟を見つけたなまえは声をかける。

「あ!なまえさん久しぶり!」
「え?誰?」
ニコニコ手を振る無一郎の隣で、全く同じ顔が自分を怪訝そうに見る光景が‥何ともシュールだ。

「この前ふろふき大根を作ってくれた先輩だよ!」
「あぁ‥ごちそうさまでした」
いえいえ、と言いながら、2人の後ろを見る。こちらも何だか女子の列が凄い‥。

「旨かったよな!また皆でつくろうぜ!」
「はい!」
伊之助が何かを食べながら合流する。あっステーキだ。後で食べよう。

ではまた、と去っていく双子を見送り、なまえは会場を見渡す。奥の方に、ライトアップされた小さな噴水があった。縁のところに良い感じに寄りかかれそうだ。少し休憩しようと、飲み物を持って移動する。


「‥‥‥」
チラリと煉獄の方を見た。今日の煉獄は、細身のパリッとしたスーツを着ていてとても素敵だ。少し光沢のある薄いグレーのジャケットに、上品なカラーシャツとネクタイ。あ、時計もいつもの茶色じゃない。何本か持ってるのかな、お洒落だもんなぁ‥。

(‥はぁ、ダメだ。つい‥)
フラれたのが最近すぎて、つい目で追ってしまう。やはり、煉獄に言われたからといって、来たのは失敗だった。
あんなに女子生徒に囲まれている教師に話しかけに行くことは至難の技だし、話せたとして、また一線を引かれ‥悲しい気持ちになるだけだ。

あぁ、こんな女々しい自分が嫌だ。失恋など気にせず、炭治カ達と楽しく喋って、美味しいものを食べて帰ればいいだけなのに。煉獄が近くにいると、好きな気持ちが溢れてしまう。

「‥‥‥‥」
煉獄からの男女の愛を感じなかった以上、フラれる事は覚悟していた。だが精神的苦痛は、想像よりも遥かに厳しいものであった。まさか、3年かけて積み上げた、友好関係まで崩れてしまうとは思わなかったのだ。彼ならもっとやんわり、何かしらの方法で示してくれるものとばかり‥‥甘えていた。


「あれ?」
その煉獄の元へ、焦った顔の炭治カが駆け寄った。何か話し‥煉獄の眉が寄せられたのを見た。
「!」
同時に、いつの間にか自分の両側に、善逸と伊之助が立っているのに気付く。二人とも、表情が固い。一体‥


ガヤガヤと、会場内は活気で溢れている。皆楽しそうに歓談していて、何かがあったようには見えない。

「みょうじ!」
「‥‥‥煉獄先生‥」

久々に、真っ正面から目があった。
何事かと驚いた瞬間‥‥一階の入り口の方で、教師達の声がする。


「!!」
思わず、螺旋階段の上を見上げた。誰かが揉めている‥。不死川に腕を捕まれ抵抗しているのは‥あの女子生徒だ。


クリスマス、女子生徒‥‥‥
「‥‥‥‥‥」
‥‥‥茶髪ピアス、ばら蒔かれた写真、ぐしゃぐしゃのティラミス、警察‥‥‥抱き締めてくれた煉獄の腕‥‥


「うっ」
忘れていたトラウマが、急激に脳内を渦巻いた。怖い、気持ち悪い、吐きそうだ。思わず口に手を当てる。


「!」
背中に、体温を感じる。‥煉獄が、背中を押したのだ。

「みょうじ、こちらへ」
そう言うと、煉獄は‥なまえを連れ、裏口から会場を後にした。



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