#73

ピーンポーン。

「ブハッ」
年末、冬休み真っ最中。ポテチを食べながら勉強していたなまえは、玄関のモニターを見て固まった。


「いるのは分かってんだぞォみょうじ‥早く出てこいや」
‥不死川先生が来ちゃった!!
アポ無しだし台詞がほぼ借金取り!


「こんにちは!どうされましたか!」
教師は流石に距離を取っており、半身が見えているが‥腕を組んでいるし胸元は開いているし、完全に怖い!住人の皆さん、ごめんなさい‥

「‥‥あ?まさかあいつら‥‥まァいい、5分な。車で待ってらァ」
ブチッ

「‥‥‥‥‥」
突如暗転したモニターの前で、冷や汗が背中を伝う。

(何か分からないけど5分で家を出ないと殺られる‥‥‥!!)
この町の住民は事前連絡というものを知らないのだろうか。不死川の様子だと、連絡漏れのようだが‥‥‥

シュバッ
なまえは光の速度で準備をすると、家を飛び出した。




「おぅ。悪ィな、連絡いってなかったらしい」
マンションの前に路駐した車の前で、怖い人‥いや、不死川が仁王立ちしていた。
人攫いかな?

「はい、ありがとうございます‥?」
本日の催し物が分からず、スマホアプリを確認する。
16:02
"今日玄弥の家で鍋だから来い!1600な"
16:02
"悪い!送信ボタン押してなかった!"

伊之助ーー!!暇だったけど!
なまえはスマホを閉じる。

「お鍋楽しみです!生憎お土産が‥」
「いるかァそんなもん」
運転席を見ると、横目で睨まれた。ヒィィ‥何でおこなの?


何鍋かなー、〆はおじやかな、うどんかなーとわくわくしていると、両方だァ、と返事が返ってきた。カオス。

「‥‥‥お前、呑気が取り柄だよなァ」
はん、と鼻で笑い‥不死川がハンドルを切る。
「もっと取り柄ありますけど‥」
抗議をしつつ、不死川が言わんとしていた事を推測する。最近あった嫌なこと‥

「あ、クリスマスパーティーで先輩が‥」
「‥‥‥」
そういえば、来ていた。その後の出来事が人生を揺るがす大事件であった為、もはや忘れていたが‥‥‥。


‥あの後すぐ、煉獄に連絡が入った。しょっぴいたから戻ってこい、と。戻るとすぐにお互い別の相手に連行されてしまい、挨拶もできなかった。それから、一度も煉獄と話していない。
まぁ、フラれたわけでもOKされたわけでもないし‥首の皮一枚で繋がったという事で、勉強に没頭し、考えないようにしている。ボールは煉獄が持っているのだ、出来ることは無い。


「不死川先生が対応して下さったんですね、ありがとうございます」
「普通に建造物侵入罪だァ」
あああなかなかの罪になってる‥
「あと煉獄への接近禁止令な。口頭注意だけど」
「‥‥‥」
‥‥人の執念って、凄い。元は純粋な恋心だったろうに、相手を思いやれなくなり、傷付け、最後は犯罪になるなんて。

「煉獄も大変だなァ。ま、心配はねェけど」
「負ける気しないですもんね」
‥襲われても。何なら、彼なら男性相手でも余裕だろう。



ゆっくり減速し、不死川のマンションに到着する。ここに来たのは二度目だ。前回も、冬だった。

「‥安心しなァ。奴さん、連行されてかなり憔悴してたからなァ。軽い気持ちで追いかけてきたんだろうが‥これで最後だろ」

にこりともせず、完全な真顔だ。視線も前を向いて、目を合わさない。だが何故か、暖かくて安心した。ありがとうございますと言うと、眉を寄せられたが。これどんな感情?





「なまえちゃぁぁぁぁん!!会いたかったよぉぉ!!」
不死川の家へ入ると、昆布と鰹の良い匂いの中、善逸が泣きながら走ってきた。まだ終業式から2日位しか経ってないんだけど‥

「なまえ!今日はみぞれ鍋だぞ〜!玄弥特製なんだ!」
炭治郎がエプロン姿で歩いてくる。妙に似合うのは何故だろうか‥

「出汁からとってるからな」
玄弥は‥エプロンしていない。炭治郎は何でなの。


「はぁぁぁ!良い匂い!!美味しそう!」
「うまいぞ〜!!」
「うまそー!!早く食おうぜ!!!」

ほどなくして登場したみぞれ鍋に感動し、思わず叫ぶ。不死川が苦い顔で耳を押さえた。

「全員うるせェ‥煉獄は何教えてんだァ‥大声の出し方かァ」

玄弥が菜箸とお玉で、全員分取り分けてくれる。透き通った出汁にすりおろした大根が溶け、肉、野菜、豆腐‥胡麻油で揚げたカリカリの餅‥栄養と幸せの塊でしかない。
市販の出汁では見ないので、知らなかった。
何て美味しいのだろう。

(日本って最高だ!)
お出汁を口に含み、ほぅと息をついた。
つい先日までドイツに帰る事を真剣に悩んでいたのだが、我ながら現金である。

正直、この後結局フラれたら帰るかもしれない。だがあの様子だと、もしフラれるとしても‥‥‥友好関係は、続くのではないか。
などと考え、一度考えるのをやめた。千寿郎に伝えなければならないが、それは結論が出てからで良いだろう。


「日本の年末って、どう過ごすのが定番なの?」
鍋をつつきながら、週末に迫った大晦日に思いを馳せる。

「家でゆっくり過ごすんだ。うちは皆でボードゲームをしたりして、年越しそばを食べるぞ」
「俺はひたすら炬燵でテレビかな」
「家で仕事だァ」
「俺は御節を仕込んでる」

約1名可哀想な人がいたが、皆基本家で過ごすらしい。年越しそばは最高だ。天ぷらをテイクアウトして、豪華に食べよう‥と、計画を練る。どうせ今年は勉強がメインになる。カロリーをとって栄養を脳に注入しよう。





「あっこれ駅前のお店だね!」
テレビで女子アナが紹介しているのは、夏に行ったあのアイス屋であった。
満腹でリビングに死屍累々と転がっていた面々が、視線を向ける。

「ここ、旨いよな。うちから近いから、よく兄貴とブッ」
「よし、今から行くかァ」

玄弥を止めたかったのか本心なのか、不死川が徐に立ち上がった。早く食べ始めたから、まだ20:00。健康的な時間である。

「いいですね!何にしようかなぁ!」
炭治カがニコニコと続く。甘いものは別腹だ。真冬の夜のアイス。何とも魅惑的だ。太るけど。

ゾロゾロと、外に出る。風が冷たくて、指先がキンと冷える。手を高速で擦り合わせていたら、伊之助に「ハエかよ」と言われた‥‥




「超納言小豆」
「ラム&レーズン」
「宇治抹茶」
「ラスベガスチーズケーキ」

口々に食べたいものを店員に伝える。不死川はブレない。今度、絶対に、おはぎをお礼に渡すと心に誓った。

「ごゆっくりどうぞー」
広くて暖かい店内は、時間が遅いからか、空いている。誰もいない窓際のロングソファの前にテーブルを3つ並べ、椅子を持ってきた。

ツヤツヤのアイスに、スプーンを立てる。初めて食べるフレーバーなので、わくわくする。

「あっ煉獄先生!」
何ですって!?


窓際に座っていた炭治カが、往来に向かって手を振っている。端に座るなまえからは見えないが、いるのだろうか。そこに‥‥

「‥‥‥」
クリスマスの夜を思い出し、顔中に熱が集まる。あの唇は、わざとだ。あんな、あんな‥‥‥!


「おぅ不死川!遠足か?むっさ!!」
ドヤドヤと店内に入ってきたのは、宇髄先生と、‥あああ煉獄先生ーーーーー!!!

「まァな。うちで鍋してた」
「あ?誘えよ。こいつらの担任俺とお好み焼き食ってたんだぞ今日」
「お前が誘えやァ」
「仲良しかよ」←善逸

もはやこのやり取りが遠く聞こえる。立ったまま微笑んでいる煉獄は、スーツの上にチェスターコートだ。ジャケットのイメージなので意外だが、非常に似合っている。大人の魅力が溢れている‥。
あの美しい人の、あの唇が、耳に‥

(あり得ない。妄想だっけ?)
鼓動が頂点に達し、急に冷静になる。嘘だ、あり得ない。

"このままさらってしまいたい"

そんな事、私ごときに言う筈がない。
落ち着け、まずはアイスを食べよう。
溶けかけた部分を直接かじろうと、口を開けた。


「お、みょうじ、それ何?」
宇髄がこちらを見る。

「期間限定の、ベルギーチョコチーズケーキトッピングです!」
「うまそう。一口‥」
欲しそうだったので、立ち上がりアイスを差し出す。宇髄がそれを受け取ろうとした瞬間、彼は後ろによろけた。

「いてっ何しやがる!」
「あれが食べたいのか!俺が奢ってやろう!」
煉獄が、宇髄を後ろから引いたのだ。
ズルズルと、そのままレジへ彼を引っ張っていく。
いや丸々一個はいらねーよ‥などと言いながら、二人は見えなくなった。



- 73 -
*前戻る次#
ページ: