#74

戻ってきた二人は、手にアイスを持っていた。
‥このお洒落な店内に男性の団体客ってどうなの。いいけど。

「旨ェな、これ正解だわ」
なまえと同じベルギーチョコを豪快に噛りながら、どかりと宇髄がソファに座る。衝撃で隣のなまえは一瞬お尻が浮いた。(気がした)

「みょうじ!元気か!」
「!」
宇髄の正面に掛けた煉獄が、声をかけてくれる。口角を上げ、アーモンド型の美しい目はしっかりとなまえを見つめている。緊張よりも、喜びが込み上げてきた。いつもの先生が、戻ってきてくれた‥!!と。

「はい!元気です!」
「嬉しそうだな!」
「はい!!」

うるせェ、と宇髄に小突かれる。煉獄は、柔らかに微笑んでくれた。
とても幸せだ。いつも通り過ぎて、まるでクリスマスが丸々無かったみたいなのが気になるけど‥。





「おし、じゃぁ二軒目行くぞ、煉獄、不死川!」
「まだ飲むのか!」
「俺もかいィ‥」

全員食べ終えたので、店を出た。宇髄が大人達を引き連れて、またどこかへ行くらしい。

「玄弥、先帰ってろォ。寄り道すんなよ」
「分かってるよ、兄貴」

兄弟の会話が、何だか微笑ましい。不死川先生は弟とセットになると、ちょっと柔らかく見えるんだよね。煉獄先生は‥両者とも魅力がありすぎて、もはや‥。


「みょうじ」
‥などと下らないことを考えていると。少し離れた所から、煉獄にちょいちょいと手招きされる。
嬉しい!すぐさま駆け寄る。


「みょうじは、早寝か!」
キンと冷たい空気の中、赤い瞳がまるで宝石の様に綺麗だ。

「いえ、1時位までは大体起きてます」
質問の意図が分からず正直に答えると、遅いな!‥と、眉を下げて注意された。煉獄先生が9時に寝ろと言うのなら、何の抵抗もなく9時に寝るが。


「何時になるか分からんが‥電話してもいいだろうか?」

DENWA!!!
頭の中でファンファーレが鳴る。

「はい、お待ちしています」
努めて平静を装い、返事をした。
「うむ、ではまた後で」

にこりと微笑むと、煉獄は教師陣の方へ走っていった。いちゃつくんじゃねぇ、などとどつかれている。


「‥‥‥‥」
「帰ろう、なまえ」
炭治カの優しい声で我に返る。振り向くと、すでに友人達はガヤガヤと歩きだしていた。






「‥‥‥‥‥‥」
現在、22:00。
スマホの前に正座したなまえは、風呂に入ろうか真剣に悩んでいた。

"電話してもいいだろうか"
煉獄が、特に用事もなく生徒に電話をかけてくる筈が無い。何か言いたいことがあるのだ、大切な何かが。

「‥‥‥‥」
告白の件だろうか。時間をくれと言っていた。その結論が出たのだろうか。であれば、今夜フラれる事もありうる。逆は‥あまり想像できなかった。

そもそも、何故時間が欲しいのか。


「お風呂入ろ」
ぼんやりと考えながら、なまえは浴室へ向かった。服を脱ぎ、お気に入りの入浴剤を投入する。浴室全体に、ふわりと良い香りが立ち込めた。

体を洗い、湯船へ浸かる。
「はー‥気持ちいい‥!」
冷えた体に、お湯が染み渡る。ふくらはぎを揉みながら、思考は煉獄の事ばかりだ。

時間‥‥‥。
異性としては好きではないが、今断ったら受験に影響する等の理由で、にごしている?
或いは、なまえを好ましく思ってはいるが、男女のそれか、分からない、とか‥?

「はぁ‥」
ため息が出た。良くない想像しかできない。
だが、誰かと天秤にかけられている可能性は‥無いと思っている。彼が‥本気で誰かを愛する時は、相手はただ一人だろうと‥その自信だけはあった。


−−−−−♪
「!!!」
突然の爆音に、湯船の中で飛び上がる。この音は、着信だ。絶対に聞き逃さないよう、音量を上げておいた‥

塗れた手を拭き、ディスプレイを見る。この番号は、確かに煉獄だ。


「‥はい」
ポチャン、と湯船に戻る。予告はされていたものの、憧れの人からの電話は‥緊張する。

「煉獄だが‥‥まさか、今風呂か?」
こちらの声が響くのか、すぐにバレた。

「はい、でもお湯につかってるので‥」
「かけ直す!」

ブツッ ツー、ツー、ツー‥

「え?」
何故か物凄い勢いで切られてしまった。通話時間15秒。こんな事ある?


「‥‥‥どうしたんだろ」
お風呂だと、聞こえづらいのかな?‥などと思いながら、パジャマを着て髪を乾かす。湯上がりに炭酸水を飲みながら、かけ直そうか迷うが‥‥、やめた。煉獄のタイミングを待とう。こちらはもう寝るだけなのだから。






23:00。
再び着信音が鳴った。
なまえはテレビを消し、スマホを片手にベッドへ腰かける。よし、頑張るぞ。何を言われても受け入れよう。‥もともと、クリスマスに終わるつもりだったのだ。

「はい!」
元気に応答する。23:00のテンションじゃなかったこれ、面接のやつだわ。

「‥さっきは間が悪くてすまない。今、話せるか?」
電話越しの煉獄の声は、低くて落ち着いている。あぁ、台詞の親密感に胸が。まるで、教師と生徒ではなく‥対等な関係のような。

「こちらこそすみません。大丈夫です。」
煉獄の声以外、何も聞こえない。きっと彼も今、自宅にいる。彼のプライベートの時間が今、自分だけに注がれていると思うと‥。


「君と、話がしたかった」
スマホの声というのは、本人の物ではない。本人の声に一番近い、機械音だ、と、何かで読んだ。それでも耳元で彼の声が聞こえる事で‥こんなにも、鼓動が早くなる。


「‥傷付けてしまって‥すまない。」

なまえはハッとした。告白の事ばかりが頭にあって、まさか謝られるとは思ってもみなかった。
煉獄の事となると、浮かれてしまって恥ずかしい。彼は、表面上は非常にうまく取り繕っていた。なまえが勝手に傷付いただけなのに。
‥この様子だと、彼はこの件で悩んだ事だろう。何だか、逆に申し訳ない。

「謝らないで下さい。先生にも、ご事情があったのだと承知しています。」
「‥‥‥‥」

電話の向こうは静かだ。煉獄はきっと、眉を寄せているのだろうと、なまえは思った。

「‥‥みょうじ」
「はい」

煉獄の真剣な声に、緊張が増した。枕を抱き締めて耐える。



「‥‥俺は、君を大切に思っている」



「‥‥‥‥‥」
体が熱い。どういう意味だ。生徒としてか、それとも‥。



「だが、それは教師としてあるまじき事だ。許されない。」

唇が震えた。どこまで自惚れていいのだろう。言葉通りに受けとれば‥煉獄先生も‥‥。
なまえは黙って、足元を見つめていた。


「俺は教師失格だ。‥だから、君から離れた。君が傷付くと‥知らずに」
「‥‥‥‥」

あの1ヶ月の煉獄の表情が、思い起こされる。彼は、なまえを拒絶していたのではなかった。ぽとりと、涙が腕に落ちた。自分でも驚いた。

自分もまた、煉獄を苦しませていたのだ。好きになって欲しいがあまり、煉獄を追いかけ、纏わり付き‥‥心を開いた彼は、罪の意識に落ちた。

「先生、ごめんなさい‥‥好きになってしまって‥ごめんなさい‥‥‥」


電話の向こうで、煉獄が息を飲むのが分かった。分かっても、涙声を隠すことはできなかった。

「泣くな。みょうじ‥一人で、泣くんじゃない」


ずっと理由を探していた。煉獄から、笑顔が消えた理由を。クリスマスの後も、ずっと。
辛かったのは、煉獄の方だ。きっと、自分を責めたに違いない。ふったふられたなんかより、ずっと‥苦しんだのだろう。

「‥‥‥」
鼻の奥が痛い。電話で良かった。泣き顔など、見せられたものではない。


「みょうじ、」
煉獄は、なまえが落ち着くのを静かに待ち‥再びなまえを呼んだ。

「俺の事など気にするな。君は、心のままに過ごせばいい。」
「‥‥‥」
泣いたせいで、目が熱い。なまえは目を瞑ると、黙って煉獄の声に耳を傾けた。


「君の貴重な時間を奪うつもりは無い。」
煉獄が、慎重に言葉を選んでいるのが分かる。

窓から夜空を見た。星が見えない。今夜もまた、月が明るいのだろう。


「だが‥」

「君が待ってくれるのなら。俺を、望んでくれるなら‥‥。俺は君の側で、‥君を守りたいと思う」


脳がビリビリと痺れた。まさか。
‥煉獄が、受け入れてくれるというのか。
あの煉獄が‥‥‥?



「先生‥」
入学式の日、初めて見た彼の笑顔を思い出す。あの人が、まさか。


「‥いつまででも‥待ちます‥。」
だめだ。深く考えたら、頭がおかしくなりそうだ。ふわふわと、体が宙に浮いているかのようだった。現実とは思えなかった。


「‥ありがとう」
ふ、と‥煉獄が微笑んだ、気がした。

幸せな気持ちが込み上げてきて、なまえは枕に顔を埋める。

「‥煉獄先生は‥そういうことは、直接言うタイプかと思ってました」
ふふ、と、なまえも笑みがこぼれる。体中の力が抜けて、ぼふんとベッドに倒れた。


「無理だな!何をするかわからん!」
「ぎゃっ」

突然の大声に驚いて、ふたたび飛び起きてしまう。元気に何を‥何って‥なに!?

俺は公務員だ、免職はキツい!などと何かを溌剌と言っている煉獄が可愛くて、なまえはにこにこしてしまう。泣いたり笑ったり、1人で何をしているんだろう。

「‥いつか、直接言ってください」
三年間憧れた煉獄が、自分を見てくれた。直接的には言われていないが‥‥今は、この幸福感に溺れても良いだろう。


「‥‥‥卒業したらな」
酷く優しい声に、なまえはゆっくりと瞼を閉じた。




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