#75

短い冬休みが終わり、3学期が始まった。いよいよ入試シーズン開幕である!


「今日、から、学校‥」
‥だがなまえは初日から、足取り重めだ。
受験とは関係無い。煉獄に会うのが緊張するのだ。

"君を守りたいと思う"

ボフンと、顔が熱くなった。今思い出しても、何が起こったのか理解できない。あれは、つまり、そういうことだ。‥卒業すれば、煉獄が恋人に‥‥‥‥

‥恋人って何!?奴隷契約じゃないよね!?
脳内で美しい煉獄と自分を並べた時の、美男と野獣(なまえ)感が凄い。いや、自分なんて村人Aなのだ。本来住む世界が違う。


ガシャン、ガシャン‥と、ガ●ダムのようにぎこちなく進む。途中で会った時透兄弟に「何だろう、全体的に変」と可愛い顔で言われ、非常にショックを受けた。



「あけましておめでとう!」
ガラリと勢いよく扉を開け、いつもように快活に入ってきた煉獄を見て冷や汗が出た。

‥格好良すぎる。この美しい人が、なまえを、好き‥?
「‥‥‥」
待て待て。まだ好きとは言われていない。付き合うとも言われていないぞ。‥卒業したら‥言ってくれるのだろうか。自分の盛大な勘違いだったらどうしよう。

いつものように綺麗に捲られたYシャツの袖から、逞しい腕が見えた。あの腕に抱き締められたかと思うと‥‥‥‥思い出すな!


「今月は進路面談があるので、割り振られた日時で不都合がある場合は教えてくれ!」


なまえの邪念など露知らず、壇上の教師は話し続ける。
進路面談‥。あぁ‥あの一生懸命掃除した個室か‥。なまえは目を伏せた。あんなところで二人っきりなど、気まずくて敵わない。告白した後、どの面下げて向き合えばいいのだ。

(無だ、私‥卒業までは、無心で過ごそう。)
受験に集中すれば、自ずからすぐに時は経つだろう。煉獄の良い声に耳を傾けながら、なまえは決意した。





「えぇぇぇぇ!?それって、OK貰ったって事ぉぉぉ!?」
目の前で、クリームもりもりのラテを飲んでいるのは、夏に出会った甘露寺蜜璃である。

日本の正月の福袋&セール文化を知らなかったなまえが、友人から情報をもらい、学校帰りに後れ馳せながら寄ったデパートで‥彼女に再会したのだ。

「いえ‥まだ好きとかは言われてなくて」
「でも、守りたいって‥きゃぁぁ胸がドキドキしちゃう!!」

あわわお静かに、と彼女を宥めながら、なまえもつられてドキドキする。なまえが胸の内を明かしたのは、彼女たった一人だ。クリスマス前のあの時期に再会できていたら、もっと楽になれたかもしれないなぁなどと考える。


「でも何故か‥嬉しい筈なのに、現実味が無さすぎて。そのくせ、会えばどんな顔すればいいかもわからないんです。今朝も挙動不審過ぎて、後輩に引かれました‥」

ロイヤルミルクティーに張った表面の膜を、ふぅ、と対岸へ吹いた。口に含むと、上品な甘さが口に広がり、ふわりと幸せな気持ちになる。

「あは!きっと大丈夫よ〜」
蜜璃はにこりと微笑む。両目の下の黒子が、何とも可愛らしいと、なまえはじっと見つめた。

「卒業したらって、きちんとなまえちゃんとの未来を考えてくれてるからでしょう?そんな素敵な先生だったら、きっとなまえちゃんを導いてくれるわよ!」

だから自信を持って、毎日楽しく過ごしましょ!‥と言われ、蜜璃につられてなまえも笑顔になった。




「さぁ、買い物よォー!」
腕捲りをして、蜜璃が立ち上がる。

「年始のセールはすっごくお得なの!大学用とデート用の服、まとめて買っちゃいましょ!」

言いながら、いつもなまえが行くフロアとは別の、OL向けの店に入っていく。このフロアは普段の倍額はするから、可愛いけど学生にはなかなか厳しい‥‥。と思っていたけど、最大70%off‥だと!?

「これ可愛い!」
「わぁーこれもいいわねぇ!」

きゃいきゃい言いながら、蜜璃と服を選ぶ。勿論彼女も自身の服を調達しに来ている。あれやこれや、物凄い勢いで選んでいくので、見ていて気持ちが良い。

シンプルな物が好き、かつ少しでも煉獄に近付きたくて大人っぽいものを選びがちだったなまえは、シャツとか、パンツスタイル‥露出少なめの、ベーシックな服が多かった。それに対し蜜璃は、自身の魅力をどんどん引き立たせるような可愛らしいものを選んでいる。非常に参考になる。


「ねぇなまえちゃん、デート服はどうするの?」
店を移動しながら、蜜璃は目をキラキラと輝かせた。

「えっと、普段の服とは分けた方がいいですかね?」
「勿論よぉー!分けるというか、色んなタイプを持ってた方が、なまえちゃんの魅力を伝えられると思うの!」

勿論なまえちゃん自身も好きな物に限るけどね、と言いながら、蜜璃はいくつか服をピックアップしている。

「なまえちゃんはメリハリボディだから、ニットとか似合うと思うの!きっと先生もメロメロよぉ〜!」
「メロ‥!」

‥そんな煉獄は想像できないが、確かに、彼はお洒落だ。もし、仮にデートなどに行ってくれるとして‥私服ダサい芸人に認定されるのは避けたい。彼に限ってそんな評価はしないと思うが、可愛いと思ってもらえる服は欲しい。


蜜璃に渡された、ニットワンピースを見つめる。ニットなら今蜜璃が着ているが‥こんなに胸が強調されていいの!?彼女は可愛いし似合っているのだが、自分に置き換えるとハラハラする。ウエストも気を付けねばならない。お洒落は大変だ。


その後もタイトな膝下スカート、一部がレースで透けたシャツ、ふわりとしたワンピース、サマーニット、長めのフレアスカート等‥なまえが持っていないタイプのアイテムが続々紹介され、訳が分からなくなったなまえは、その全てをお買い上げした。今月は、お菓子我慢だな‥





「あっ悲鳴嶼先生!」
両肩にショッピングバッグを下げた二人は、ファンシーな雑貨屋に悲鳴嶼を見つけた。教師はかなり奥の方にいたのだが、大きいので棚から上半身が出ており、すぐに分かった。

「甘露寺‥みょうじ‥」
振り向いた悲鳴嶼の手には、ティッシュケースが収まっている。一見普通だが‥あああ尻尾が出ている!猫の!

もうホントに、一度悲鳴嶼の自宅を見てみたい。入場料とっていいから!


「久しいな、甘露寺‥3年ぶりか」
柔らかく微笑んだ悲鳴嶼は、ティッシュケースを籠に入れた。買うんかい!

「お久しぶりです!」
えへへと笑う蜜璃も、近くにあった猫のボールペンを籠に入れた。貴女もか! 

何だ、この流れだと私も何か買わねば‥などと謎の使命感にかられ周りを見渡したなまえは‥
「あっ!可愛い!」
小さく猫のイラストが入った、赤いギフトボックスを見つけた。小型で上品、きたるバレンタインにぴったりではないか。何より、イラストの猫が煉獄先生(猫)にそっくりである。


良い買い物ができたなぁとほくほくしていると、同じくほくほくした二人がレジから戻ってきた。悲鳴嶼が、大荷物の二人を車で送ってくれると言うので、三人で駐車場へ向かう。

悲鳴嶼は雑貨屋の袋しか下げていない。‥その為にわざわざ車を出したのかと思ったら、何だかとても癒された。



余談であるが、蜜璃となまえを見てふらふらと寄ってきた男子達が、悲鳴嶼の合流で蜘蛛の子を散らすように解散した事は店員しか知らない。


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