#79

本日、2/14。
勝負の日だ!(色々な意味で)

吐く息が白く凍る。
志望校の門の前は、見送りに来た親や、謎の旗を持った塾の先生らしき人など‥受験生以外の人も多く、ごった返していた。


「おはよー!」
その中から見慣れた髪色を見つけて、声をかける。おはようと返す三人は、ガチガチに緊張しているようだ。

「今日は頑張ろうね!これ、バレンタインのチョコだよー」
「ギャァァァァァァ!!!なまえちゃんのチョコ!?ねぇこれ手作り!?ねぇ!俺もう何の悔いも無いよ!!」

途端に号泣して叫びだす善逸に、周りが何だ何だと振り返る。私今、親友の集中力切った?やっちゃった?大丈夫?

「何だこれ!うっめェ!!」
伊之助は2秒で開けて食べ始めた。良いけど生チョコなんだけど。ベトベトになるよ。

「ありがとうなまえ!俺も休憩時間に食べようかな。実力以上が出せそうな気がする!」

三人とも、とても喜んでくれた。そのいつも通りの様子に、何だか緊張が解けた気がする。


「‥‥‥」
試験会場は、広い。流石大学という雰囲気だ。自分の受験番号が書かれた机を探し、着席する。皆席はバラバラだったが、すぐ斜め前に伊之助がいた。遠くに善逸の金髪と、後方に炭治カの赤みがかった髪も見える。


「はじめ!」
最初は、日本史であった。世界史と抱き合わせになった冊子は分厚く、威圧感がある。

会場中からページを捲る音が聞こえた。模試で何度か体験したが、本番の緊張感は凄まじい。時間内に解かなければならない。必死に、問題文を読む。
緊張で手が震えるが、チラリと伊之助の背中を見て耐える。この席順はラッキーだった。リラックスして、実力が出せそうである。

鎌倉文化の、問いが出た。図書館で間違えて、煉獄に教えてもらった内容だ。今では、一番自信がある。これは、いける‥!





数時間後。
「はぁぁぁ終わったぁー!」
ヘロヘロになりながら、会場出口で合流する。皆くたくたであった。

「もう脳味噌使いすぎて午前で無理ってなったんだけど‥なまえちゃんのチョコでびっくりするほど回復したよぉ‥ありがとねぇぇぇ」
本当は大事にしようと思ってたんだけどさぁぁ!‥と、後半から急に泣き出した善逸に驚いたが‥そんなところで役に立つとは。
何だか、とても嬉しい。


外に出ると、疲れた体に冷たい風が吹き付け、気持ち良かった。冬の空は澄みきって高く、むくむくに冬毛をまとった雀達が呑気に飛んでいく。

三人とも、帰って寝るらしい。だがなまえには、今からもう一回、試練があるのだ。そう、好きな人にバレンタインチョコを渡すという、大事なミッションが!!





一度家に帰り、諸々身なりを整えて、冷蔵庫から箱を取り出す。ギフトボックスの中に仕切りを入れ、丸めたスイートポテトと角切りの生チョコを交互に入れた。
蓋をして、シックなリボンをかける。リボンのかけ方も、ネットで調べて散々練習した。そのおかげで、まるでお店でラッピングしたかのような完璧な仕上がりになっている。


(渡すだけだ、落ち着け、私‥!)
チョコを入れた紙袋を持ち、約束の5分前に生徒指導室へ到着する。

緊張で手汗が出てきた。煉獄は、受け取ってくれると言っていたのに‥一体何に緊張しているのか自分でも分からなかった。
勿論、煉獄と二人きりで話すのは、未だに全く慣れていない。だがやはりチョコを渡すとなると、改めて告白するようなものだ。
無論、好きだと、再び言うつもりは無い。今言われても、彼はこたえることができないからだ。


(あっ!来たかな‥!?)
静かな廊下に、反対側から足音が2つ聞こえる。
「煉獄先生!」
(え?)

聞こえたソプラノの声に、なまえはぎょっと身を固くした。慌てて後退し、階段上の角に隠れる。


「‥何だ!」
煉獄の様子から、というかシチュエーション的に、彼女がどこかから煉獄を追ってきたのは明らかであった。
もう受験で完全にミス☆キメツの事は忘れていた。ミス☆キメツっていうかミス☆メンタルだよもう!タフだな!

なまえは壁裏で息を潜める。
「‥チョコレート、作ってきました。受け取ってください!」
「断る!」
(えええええええ)

「あまり話した事はないが、俺は既に君の事が嫌いだ!」
(あああああああ)

煉獄の快活なフルコンボがえげつない!こんなの食らったら立ち直れない。

理由は、例の根も葉もないブス事件だろうか‥。通常、陰口程度では‥それがいじめなどに発展しない限り、教師は介入しないが‥

「なっ‥んでですか、まだあまり、話していない‥のに‥」
狼狽える女子生徒は、本当に、何が起こっているのか理解していないようであった。

下の階から聞こえていた話し声や部活の掛け声などが、聞こえなくなった。もう、下校時間は過ぎている。


「何故、嘘をつく」
‥しばらくの沈黙の後、煉獄の低い声がした。優しいと、率直に思った。黙って突き放す事もできるのに。

「何故、他人を貶めようとする」
「理解できない。君は失っただけだ。」

女子生徒は、反論しなかった。どうやら、作戦失敗を悟ったらしい。

「‥俺の生徒を侮辱するな。次は無い。」

バタバタと、走り去る音が聞こえた。同時に、ガチャリと鍵を開け‥重い扉がバタンと閉まる音がした。




一分程待ち、ドアをノックする。立ち聞きしてしまった罪悪感で、モヤモヤした。だが煉獄が怒ってくれて、スッとしたのだ。あぁ私、ちょっと怒ってたんだなと‥今気付いた。


「どうぞ!」
部屋の奥から、煉獄の声がする。入室すると、リモコンを持った煉獄が歩いてきた。

「寒いな!暖まるまで、我慢してくれ」
明るい煉獄の声に、じわじわと胸が温かくなる。先ほどのモヤモヤと、受験でバキバキに凝り固まった体が、解れていくようであった。


煉獄がソファに座るので、正面に腰かける。

「面談だな!」
「え?」
畏まって膝の上に手を乗せていたなまえは、はてと煉獄を見つめた。教師は何でもない顔で、自分の横をぽんと叩く。

「ここに、座るといい」

隣に!?
はい、と言いながら腰を上げるが‥緊張で動きがぎこちなくなる。そこしかないならまだしも、まだ他に座れるのに隣とは‥!!


「‥‥‥」
隣に座ると、ふわりと煉獄の匂いがした。緊張で煉獄の方を見ることができない。慌てて紙袋から箱を取り出し、どうぞ!!‥と差し出した。

「ありがとう!」
煉獄はにこりと微笑むと、リボンを解く。

「猫だ!」
「はい!」
楽しそうに箱を指差す教師が可愛くて、蜜璃では無いが、胸が苦しい。

「手作りか!」
「はい‥!」
あぁ、緊張してきた。散々味見はしたから、大丈夫だとは思うが‥!


窓の外は既に暗い。何の雑音も聞こえない静かな空間が、余計に緊張を強くさせた。


「紅茶を買ってきた!」
「わぁ、ありがとうございます!」
言うなり、煉獄は鞄からミルクティーとストレートティーのボトルを取り出した。お礼を言い、ミルクの方を受けとる。

煉獄が、わざわざなまえとゆっくりする時間を用意してくれた事が、たまらなく嬉しい。自分を見てくれた今でも‥煉獄は、憧れの人なのだ。


「うまい!」
生チョコをデザートフォークで刺し、口に入れた煉獄は、咀嚼しながらスイートポテトをじっと見る。

「うまい!わっしょい!」
わっしょいきた!!やっぱりさつまいもの時はわっしょいなんだ、可愛い!!!

ふふふと、堪えきれずに笑ってしまう。何でこんなに可愛いのだろう。煉獄の、魅力の幅がえげつない。


「みょうじも食べるといい!」
煉獄は笑うなまえを不思議そうに見た後、箱を差し出してくれる。
「私は試食でお腹いっぱいなので、先生どうぞ!」

そうか!‥と言い、すぐにまたスイートポテトを口に入れ、「うまい!わっしょい!」と繰り返す煉獄が愛しい。
3×3マスで計9つあったチョコ達は、あっという間に無くなった。


初めての日本でのバレンタインが、感慨深い。
「一昨年、善逸くんが‥」
紅茶を飲む煉獄が、こちらを見る。

「バレンタインチョコがほしくて、煉獄先生にモテる秘訣を聞きに行ったって言ってました。」
懐かしいなぁと、ドイツで読んだメッセージを思い出す。

「何て仰ったんですか?善逸くん、真似できないって言ってました」
意味わかんねーよ!と、謎に怒り狂っていた善逸を思い出し、笑いを堪える。

「うーん‥何て言ったか‥」
顎に手をあて考える煉獄。あ、これは適当に答えたな‥!

「忘れた!そもそも、モテようと思っていない!職場だし!」
「あはは!」
‥それでも毎年30個とか貰っちゃうんだから、凄いなぁ‥。‥私が卒業しても、毎年‥‥‥いやいや、何で不安になるの。彼女気取りか、調子に乗るな。


「あ、ではそろそろ‥」
「今年は、貰っていないぞ」

え、と‥驚いて煉獄を見る。先ほどまでとは違う、真剣な表情に‥ドキリとした。

「悪いと思ったが、今年から貰わない事にした!」
赤い瞳は、迷いなく真っ直ぐになまえを見つめている。
1つ瞬きをして、何故‥と聞こうと開いた唇は、躊躇った末閉じられた。


「君が不安になったかと思ったが‥違ったか?」
煉獄が眉を下げて、首を傾げる。


胸が熱い。喜びと、煉獄への想いが溢れそうであった。それはつまり、意思表示だ。気持ちは受け取らない、相手がいるのだと。まだ、卒業していないのに‥!


「‥‥‥凄く、嬉しいです」
しかもそれを今、なまえの微妙な表情から察知し、教えてくれたのだ。この人は凄い。


「ありがとうございます‥!」
煉獄の事が、好きで好きでたまらない。もう、何も考えることができなかった。なまえは腰を上げると、煉獄に顔を寄せる。

「みょうじ、」
煉獄の驚いた声が聞こえた。止めようと捕まれた両腰が熱い。
ネクタイをしめようと、或いはてんとう虫を取ろうと‥このように接近した時、今までの煉獄はギクリと身を固くした。それが今は、ふわりと甘い空気になった事に‥逆になまえが戸惑う。それでも、気持ちが押さえられなかった。

「待て、」
煉獄の声と、なまえの唇が彼の頬に触れたのは同時だった。彼の香りが強くなり、下から見上げる赤に‥なまえはハッと我に返った。


「すっ‥みません!!私、‥‥失礼しました!!!」

とんでもない事をしてしまった。なまえは高速で荷物をまとめ、部屋を飛び出す。
扉を閉める直前、頬に手を当て、目を真ん丸に見開いて固まる教師が目に入った。

バタン!!‥バタバタバタ‥‥


「‥‥‥‥‥」
足音が遠退き、静寂が戻る。


「‥よもや‥」
煉獄の呟きは、甘い香りと共に消えた。





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