#80

その日は、珍しく伊之助と二人だった。

「紋逸のやつ、風邪なんてだらしねェ!俺は一年中風邪引かねェからな!見習え!」
ガハハと誇らしげな伊之助と、並んで歩く。

「凄いぞ!‥でも炭治カも弟さんの看病って言ってたし、流行ってるんだね」



晴天は高く、空気は身を切るように冷たい。これぞ冬、といった気候だ。
校門を出たところで、また明日ね〜と手を振る。部活が無いのに一人で帰るのは、久しぶりだ。

何か甘いものでも買って、家で映画でも見ようかなー‥などと考えていると。

「ん?千寿郎くん‥?」
大きなフード付きのダッフルコートから、焔色の髪が見えている。彼が歩く度に、ふわり、ふわりと揺れて可愛らしい‥のだが。

(何か、フラフラしてる?)
駆け寄って声をかける。
「あ、みょうじ先輩、こんにちは‥」
真っ赤な顔。はぁはぁと荒い呼吸。


「あっつ!お熱だ!」
どうしよう、タクシーは見当たらないし、まだ煉獄邸へは距離がある。
慌てて先程別れた伊之助に電話し、こちらへ来てもらった。

「あっつ!熱あるぞ!」
完全になまえと台詞がかぶった伊之助は、ぐにゃりと力の抜けた千寿郎をおぶる。

煉獄先生は仕事中だ。とにかくお家に送っていって、お母様にお願いしなければ!





ピーンポーン
「‥‥‥‥‥」

返事がない。
「あの‥両親は、明日まで不在なのです‥」
なんですって!?

じゃぁ、鍵を探そう。
とにかく彼を寝かせなければならない。
「千寿郎くん、鞄開けるね!」

きちんと内部が整頓された鞄は、流石良家のご子息といった印象である。
「んんん〜‥?」
‥だが整頓されているが故に、鍵が無い事も一目瞭然であった。

「千寿郎くん、お家の鍵は‥?」
「ファスナーの中に無いのですか‥では、忘れました‥」
「詰みすぎだろ!」
伊之助が突っ込む。

「よし、私の家に連れ込むわ」
「言い方他にねェのか?」

再び歩きだす。お熱の千寿郎くんを背負っているせいか、この寒いのに伊之助は暑い暑いと汗をぬぐった。
三人分の鞄を持ったなまえは、やけに軽いと首を傾げる。あぁ、俺弁当箱しか入れてねェからと言われ、納得したが‥。


ブゥゥゥン‥と、バイクが二人を追い越す。

「そうだ、煉獄先生にこの事を‥」
スマホから職員室直通の番号を呼び出し、通話ボタンを押した。数回のコール音の後、「はい、職員室‥」と、声が聞こえる。

「あ、響凱先生ですか?三年のみょうじです!」
「みょうじか、どうした‥」

こちらは外だ。周囲の話し声や車道を走る車の音で、静かな教師の声が聞き取り辛い。

「煉獄先生いらっしゃいますか?」
「煉獄は、(ポンッ)‥だ」
「今鼓打ちましたね!?重要な所が聞こえませんでした!!」

やけに鮮明に聞こえた鼓の音が憎らしい。
「‥夕方まで外出と書いてある。(ポンッ)」
(全然鼓諦めないな先生‥)


‥外出であれば、連絡も難しいだろう。やはり一度なまえの家に寝かせ、薬を飲ませるしかない。

「承知しました!弟さんがお熱なので、うちで看病してますとお伝えいただけますか?」
「‥わかった。(ポンッ)‥LNEしておく‥」

‥良かった、何とか連絡がつきそうだ。その前に、響凱先生のトーク画面が気になって仕方ないが‥。





「すみません、こんな‥はぁ、」
上着などを脱いでもらい、なまえのベッドに千寿郎を寝かせる。熱を測ると、39.2℃‥高い。

とりあえず伊之助にはお茶を出し、冷蔵庫からりんごとヨーグルトを取り出した。何でもいいから食べさせて、薬を飲ませないと。

以前善逸が買ってきてくれた薬を棚から出す。伊之助は、「風邪って‥しんどそうだな」と、素で呟いていた。元気でよろしい!


トレーに一式を乗せ、千寿郎を起こす。大きな赤い瞳はいつもよりうるうると潤っており、ピンクの頬と相まって‥申し訳ないが、非常に可愛かった。眉毛は弱々しく下がっていて、変な人に連れていかれなくて良かった、とすら考えてしまう。


「伊之助、ありがとね!ホットケーキ食べる?」
「マジで!食う!三枚な!」
今日は天ぷらってばあちゃん言ってたから、少な目にするぜ!と言いながら、彼は目を輝かせている。


‥煉獄は夕方まで不在と言っていたから、迎えに来るのは早くとも18時以降になりそうだ。千寿郎には栄養たっぷりのお粥を作ろう。
‥煉獄先生は、うちで食べて行くだろうか‥


「‥‥‥‥」
(‥え?煉獄先生、うちに来るの?)

弟を連れ込んだ以上、当たり前の事に今更愕然とする。卵を混ぜる手が完全に止まった。どうしようどうしよう、何か変なものは出していないだろうか、まともな料理は作れるだろうか。

冷蔵庫を開けて確認する。そうだ、週末に肉じゃがを作り置きしようと大量に具材を買っていた。あとはきんぴらと、味噌汁‥お米は何合なの!?

何だか、急に汗が出てきた。いやいや、それよりまずはホットケーキだ。伊之助がフォークとナイフを手にもって待ち構えている。





ホットケーキを完食してご機嫌な伊之助は、しばらくテレビを見て寛いだ後、「飯の時間だ!」と言って帰っていった。

「‥‥‥‥」
千寿郎は薬が効いたのか、すぅすぅと寝ている。あああ寝顔可愛い‥!


そっとキッチンへ戻り、調理を開始する。食べてくれるかわからないが、とりあえず大量に何かを作ろう。不要だったら、冷凍すればいいし‥!

お米を3合(これがMax‥!)炊き、鍋でお粥を作り始める。三つ口コンロで良かった。材料を切り、深いフライパンと鍋両方に肉じゃがの具材を入れ、煮込む。火が通ったら、冷まして味を染み込ませつつ、きんぴらとさつまいもの味噌汁を‥パニック!

お気に入りのレシピサイトとレシピ本を並べ、あっちこっち往復する。服に匂いがしっかり染み込んでしまった。一応男子を上げているので、いつものホットパンツではなく、肌の見えないパーカーのロングワンピである。コンビニにも行ける部屋着!とネットに書いてあったやつ‥



「あっ着信!」
そうこうしているうちに、電話がかかってきた。恐らく煉獄だ。

「はいっ」
‥この前は今か今かと待ちわびて、スマホの前に正座などしていたのに。今日は楽しみにする余裕も無かった。複数の鍋と戦っているからである。


「煉獄だが!千寿郎が世話になっていると‥」
「はい!うちで保護してます!」

ウィンカーの音がする。車で向かっている途中だろうか。

「すまん、すぐ迎えに行く!」
「あっ先生の分もお夕飯作ったので、駐車場に停めて下さいませんか?部屋番号は‥」

しかし、‥と戸惑う声が聞こえたが、コンロを埋め尽くす料理が意識の半分を持っていっているおかげで、気にする余裕が無かった。勢いに任せ誘ってしまったが、強引だっただろうか‥




ピンポーン
程無くして、エントランスの来客を告げるベルが鳴った。モニターに映る想い人に、今更に全身が緊張で震えた。
「どうぞ!」


急いで鏡の前へ行き、髪の乱れを直す。淡いリップも塗って、何とか見た目を整えた。肉じゃが臭いけど。


「あわわわわ」
数分後、玄関のチャイムが鳴る。
脱ぎ散らかした靴を整頓し、スリッパを出すと、「こんばんは!」と、扉を開けた。


「‥あぁ、こんばんは!」
一瞬ぽかんとした煉獄は、何やらスイーツらしき箱を差し出し、微笑んだ。



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