10.戦々兢々理由は不明
「最上」
「!?」
「俺がやる。貸せ」
器具庫の蛍光灯が一カ所、今まさに力尽きんと点滅していた。それを交換しようとまっさらぴんの蛍光灯を一本抱えていると、気付いたら真後ろに立っていた牛島さんからそう声を掛けられたのだ。
「お願いします。すみません」
「?謝る必要は無い」
そして牛島さんはそのまま天井に向かって手を伸ばした。
決して高くはない天井だとは言え、普通であれば何かしらお立ち台が無いと届かない位置。しかし牛島さんは少し背伸びをするだけで簡単にそれに届いてしまった。本当にいろいろとチートだ、この人は。
「また何かあったら言え」
「…ありがとうございます」
牛島さんは、煌々と光を放つようになった蛍光灯を無表情で見上げると、小さく頷いてからそう呟き器具庫を出て行った。
例の遠征合宿以降、なんだか牛島さんはいろいろと手を焼いてくれるようになった気がする。有り難い限りだし、天童さんを始めとする3年生の先輩方も口を揃えて“それでいい”と言ってくれる。しかし、さすがにいくらなんでも恐れ多すぎる。端から見たら私は絶対王者につまらない雑用を押し付けているような状況だ。これは白鳥沢というチームどころか、高校バレー界全体から怒られて然るべき行為なんじゃないだろうか。悪寒が走った。しかし私もそんなに積極的に牛島さんに自分から物事を頼んでいるわけではない。私が何か困るような場面に出くわしたとき、牛島さんは決まって私の真後ろに立っているのだ。どういうわけか他の誰でもなく決まって牛島さんが。牛島さんって本当にすごい。だから私は遠慮のしようがないのだけれども。
それにしたって、牛島さんは本当にトップに立つ人の鑑だと思う。実力は誰に文句を付けられる余地も無く申し分無いし、なんと言うか、チームに対する統率力にも長けている。私はこの部内の人間が牛島さんの主張に異を唱えるのを見たことが無いし。支配力と言ったほうがいいのだろうか。そしてそんな絶対王者は独裁者では無かった。私のような一民衆にも進んで手を差し伸べてくれるのだ。そんな人物に忠誠を誓わないほうが難しい話だろう。
私は誰もいなくなった器具庫の中で静かに敬礼をした。忠誠心の表現って、これでいいのだろうか。
―――――
「若利くん!イイよ!すっごくイイ!!」
「そうか」
「たしかに最近最上の若利を見る目が目に見えて変わったよな。その調子だ、若利。」
「分かった」
練習後の部室にて、天童さんと大平さんが牛島さんの肩を叩きながらそんなことを言っていた。牛島さんは相変わらずの無表情ながらどこか満足げだ。
しかし俺は何か引っかかるものを感じていた。それは上手く言葉にすることができないけれど、なんとなく深刻そうな違和感。最上と同級生で比較的この人たちよりかは多く接してきた俺だからこそ抱く、と言ったらひどく傲慢な表現かもしれないけれどもそんな違和感。
「どうしたの賢二郎くん。浮かない顔して。あ、ひょっとして賢二郎くんたら、さくらちゃんのこと好きだったとか…?」
「!?」
目敏く俺の表情に違和感を抱いたらしい天童さんが、そんなことを漏らした。牛島さんはギョッとしたような顔で俺を見ていた。牛島さんのこんな表情初めて見た。すごいな最上。
「あ、それは無いです。ただ…」
言っておくけれども俺は、天童さんや大平さん並に牛島さんの恋路を応援しているつもりではある。だから牛島さんにそんな表情をされることは言ってしまえばある意味で心外なのだけれども。
それはそうと、たしかにここ数日で最上の中の牛島さんの印象は大きく変わりつつあるとは俺も感じていた。最上の牛島さんを見る目が、以前のように畏怖にまみれたそれでは明らかに無くなったのだ。それはいいことだと思う。
でも、同時になんというかこう、少しズレた方向に進んでいるような気がしないでもないのだ。
「ただ、なに?」
天童さんが少しムッとしたような表情で俺に詰め寄った。この人はこういう場合の“推測”にもプライドを持っているのだろうか。
「…上手く言えないですけど…最上の場合は特に、“尊敬”と“恋愛感情”って全く逆の位置にあると思うんですよね」
俺の放った発言に対して、その3人はきょとんとしていた。ああやっぱり上手く伝わっていないようだ。
「あー分かる!なんかアレだよな!隣りの家のめっちゃキレーでいい匂いがするお姉さんに憧れてても、結局恋愛感情抱くのは小憎たらしい幼なじみのアイツ…みたいなかんじだろ?」
俺が言葉を探して口ごもっていると、着替えを済ませた瀬見さんがドヤ顔でそんなことを言った。というかあなたいたんですか。
「瀬見さんの表現に俺は全くぴんときませんし興味もありませんが、多分そんなかんじです」
「なぁもしかして白布って俺のこと嫌い?」
瀬見さんのそんな発言に納得したように頷く天童さんと大平さんを見て、また少しイラッとした。ちなみに牛島さんは相変わらずきょとんとしている。
「…しかし女子とは、憧れてる奴が自分のこと好きだって知ったら、どの道嬉しいものじゃないのか?」
大平さんは首を傾げながらそんなことを言った。
「まぁ、それはそうかもしれませんが…」
「どっちみちコツコツいけばいいと思うよ!もちょっと若利くんとさくらちゃんが仲良くなったら次の手考えよう!
それより若利くん、今日もさくらちゃん送ってあげるんでしょ?多分待ってるから急いであげたら?」
「…………。」
牛島さんは天童さんの言葉も上の空、というかんじで口元に手を添えて何かを考えていた。
「?」
「若利くん?」
「………ああ」
まぁすぐに我に返ってくれたんだけれども。
バッグを抱えて部室を後にする牛島さんの背中を見て、なんだかなんとなく、底知れぬ不安に苛まれた。
とにかく上手くいってくれることを願いつつ、その大きな背中に“牛島さん、お疲れ様でした”と声を掛けたのだった。
.