11.鎧袖一触唐突に

「牛島さん」

「なんだ」

「いつも、送ってもらってすみません」

「?だから謝る必要は無いと言っているだろう」


牛島さんは今日も今日とて、夜道私の隣りを歩いてくれていた。しかも歩行速度はあわせてくれているし、歩くほうも車道側。曲がり角を曲がる度に、シュバッと悉く車道側にまわってくれるのだ。うちの絶対王者は王者なのに紳士らしい。すごい。隙がない。
しかしいくらなんでもここまで気を遣って貰ってしまうと非常に恐れ多い。いや、今までの私の数々の無礼を思い起こすとこのくらいなんてことないのかもしれないけれど。でも、気遣いのできる人は他人のそれもよく見ているという話も聞く。牛島さんの厚意に甘えてそれが当然だと思っている、だなんて厚かましい人間には思われたくない。私は妙なところでプライドが高いらしい。


「牛島さん。ありがとうございます」


かと言って、謝るとまた必要ないと言われてしまう。だから私は、家の前に着いたタイミングで“お礼”を伝えてみた。


「…とくに礼を言われるようなことでもない」

「!?」


そこで私は信じられないものを見た。笑ったのだ。あの牛島さんが、僅かに口角を上げて若干目を細めて微笑んだのだ。
母が防犯のために門扉に設置した、わざとらしいくらいに明るい感知センサー付きライト。それに照らされてたしかに牛島さんは微笑んだのだ。
人に対してこんなことを言うのはなんだけれど、私は度肝を抜かれてしまった。この人、笑えるんだ。


「あの」

「?」


表情って、すごい。なんだか牛島さんの雰囲気が一気に柔らかく感じられた。だから言ってしまおうと思った。なんとなく、今なら牛島さんに伝わるような気がしたのだ。


「…私、最近牛島さんにご迷惑かけっぱなしで、申し訳無いと思っておりまして…」

「…迷惑?」


牛島さんはまた真顔に戻って、小さく首を傾げた。


「本当に有り難い限りなんですけども、やっぱり牛島さんって先輩で、しかも凄い人じゃないですか。なんだか恐れ多いんです…」

「?」

「私みたいなたかがマネージャーでしかない後輩を、主将として気にかけて下さる牛島さん、本当に尊敬しています」

「尊敬…」

「でも、なんというか、牛島さんもこれから大変でしょうから…一後輩として牛島さんに、無駄な気苦労やお手間をかけさせたくない、と言いますか…」

「…………。」


牛島さんはじっと私を見下ろしながら、ぱちぱちと二度まばたきをした。なんだか思い出したかのように、一気に恐れ多い気持ちに苛まれた。
私は、何を言っているのだろう。もしかしてすごく失礼な表現の発言をしていまったんじゃないだろうか。血の気がさっと引いた。


「最上」

「は、はい」


牛島さんは心なしか険しい表情をつくって私の名字を呟いた。身体がびくりと震えた。
牛島さんは相変わらず私をじっと見下ろしたまま、また口を開いた。





「俺は、お前が好きだ」





















「………?」


なんだか今、一瞬意識が飛んだ気がした。あれ私今、牛島さんに今何を言われたっけ。
呆然としながら牛島さんを見上げていると、牛島さんはまたまばたきをした。


「ずっと、お前のマネージャーとしての姿勢には感心していた」

「は」

「何事も淡々と且つ、的確に。少し前まで中学生だったとは思えないようなその所作を、白鳥沢のマネージャーとして非常に頼もしく思っていた」

「へ」

「何があっても冷静沈着なその姿勢は、選手勢も見習うべきだと思う。ただ、そんななかでお前に頭をぶたれたとき、お前の怒った表情を見た。」

「す、すみません…」

「…こいつもこんな表情をするのか、と驚いた」

「そ、その節は、本当に」

「だから他の表情も見たいと思った。そして気付いたら、お前に惚れていた。以上だ。」

「………は」


そして牛島さんは満足そうに腕を組んだ。なんだろう。全く意味が分からない。いろいろとあまりにも唐突すぎて、全く思考が追い付かない。頭が真っ白になる、とはまさにこんな状況を言うのだろう。


「ではそろそろ家に入れ。親御さんも心配しているだろう」

「…あ、はい」

「また明日、よろしく頼む」

「…はい、お疲れ様でした」


そして淡々とそんな言葉を並べると、牛島さんは夜道を颯爽と駆けて行った。私にはその場で呆然と立ち尽くすことしかできなかった。



―――――



「さくら。お風呂湧いてますよ」

「…はい」


半ば放心状態のなか、無理矢理夕ご飯を口に詰め込み、やっぱり放心状態でぼおっとしていると母からの催促が入った。
とりあえずお風呂に入ったら頭もすっきりしてくれるだろうかと思い、私は浴室へと向かったのだった。


「…なんだったんだろう…」


白い湯気を見上げながら、改めて私は頭の中を整理した。
私は牛島さんから“好き”だと言われた。その意味が未だによく分からなかった。もしかして、“隙”だったのかな。隙があったのかな私には。たしかに牛島さんから見たら私なんて隙にまみれているんだろうけれども。あ、でも“惚れた”っても言われた気がするから“好き”のほうで合っているのか。そっか、牛島さんは私が好きなのか。


「………!!?」


身体を包むお湯の温度が一気に上がった気がした。心臓がともすれば飛び出してくるんじゃないかというくらいにばくばくと言っている。そんな。そんなことって。
いや、でも待て。そんなことがあるはずがない。きっとそんな意味じゃない。だって相手は絶対王者だ。ライオンだ。そんな、例えるならちっさい猫程度であろう私とは、まったく異種じゃないか。牛島さんが私に対してそんな感情を抱くはずがない。
するとアレだろうか。私で言うと、私もちっさい猫とか好きだし、そういうことだろうか。ソツが無いと思っていた私がまさかの怒ると我を忘れてしまうような危ういキャラだったから、牛島さんの保護欲求を刺激してしまったのだろうか。たしかに大成する王者は父性本能も強い、という話も聞いたことがある。そういうことだろうか。いやきっと、そうだろう。よし。そうだ。そう考えるといろいろと筋が通る。

…そう納得はせど、一向に心臓の音は鳴り止まなかった。そしてここでどういうわけか牛島さんの笑顔が脳裏にフラッシュバックした。途端、顔に一気に熱が集まった。


「さくら、お風呂長くない?大丈夫?」


朦朧とする意識のなかで、母の声が微かに聞こえた。


「…さくら!?」


ああ、もう分からない。
私はそのまま意識を手放した。頭のてっぺんからつま先まで、熱いくらいに温かいものに身体が包まれていたのだった。

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