12.剛毅朴訥度を超えて
「最上。なんか顔色悪いけど」
「大丈夫です。昨日お風呂でのぼせただけです」
「?」
体育館の昇降口でばったりと白布くんに会った。さすがというかなんなのか、白布くんはすぐさま私の異変に気付いたようだった。
牛島さんの衝撃発言から一夜明けた今、私は相変わらず牛島さんの発言の意図と意味を探して堂々巡りをしていた。
だってこんなこと、初めてだったのだ。しかも相手があの絶対王者って。私には幾分かハードルが高すぎた。どういうわけか冷や汗が滲んだ。
「最上。丁度良かった」
「ヒッ…」
そして体育館に入るやいなや、私の姿を確認したらしい牛島さんに声をかけられた。心臓が条件反射的に早鐘を打ち始めたのだった。
思わず微かに悲鳴を上げてしまった私を、隣りにいた白布くんが訝(いぶか)しげに見ていたような気がした。
「IH予選のトーナメント表を持っているか?瀬見が見たいらしいんだが…俺は興味が無くて捨ててしまった」
「いや興味無くても捨てんなよ主将!」
瀬見さんのツッコミが飛ぶ。私はそれで我に返った。
「は、はい…。持ってます…」
そして鞄の中からファイリングしたそれを瀬見さんに向かって差し出した。
「……!?」
瀬見さんはそれを見て眉間に皺を寄せた。
「最上、これ…」
瀬見さんがその用紙を私の眼前に突き返してきた。あれっ
「最上、自慢か?」
それは今日返却された、さきの中間テストの答案だった。数学。私は間違えてしまったようだ。
「し、失礼しました…!」
「お前やっぱり頭いいんだな…ハハ…」
瀬見さんはどこか暗い表情をしながらそう呟いた。私はもう一度鞄の中から別の用紙を取り出し、今度はしっかりとそれを確認した上で瀬見さんに渡した。
白布くんと牛島さんが隣りで驚いたような顔をしていた気が、した。
その後もなんだか調子が悪かった。まるで自分が自分じゃないようだった。
ドリンクを作れば一本のスクイズボトルに粉ポカリを10袋くらい入れていたし、どういうわけか山形さんを何回か川西くんって呼んでしまったし、ボール出しをしていたら何度か白布くんの後頭部にまともにぶつけてしまったし、あと5回くらいまともにコケたし、今なんて器具庫の扉にまともに額をぶつけたところだ。なんで扉が閉まっているのに私は直進したのだろう。信じられない。本当に自分が信じられない。
「最上」
「!?」
ため息を吐きながら器具庫に入り、電気を点けると牛島さんがまた背後に立っていた。
牛島さんはたしか今、サーブ練習をしていたはず。どうしたのだろうか。もしかして今日、失敗続きの私をお叱りに参られたのだろうか。そんな想像で血の気が引いた矢先、昨日の一件を思い出してまたカッと血が戻ってきた。
「どうした、お前」
「!?」
牛島さんは眉間に皺を寄せながら、私の額にその大きな手を添えた。想像以上に硬い皮膚の感触が、直に伝わってくるこの感覚。また一気に顔が熱くなった。
「最上、今日はもう帰れ」
「え?」
もうも何も。まだ練習終了まで2時間もある。私は牛島さんの言う意味が分からず、ただただ呆然とした。
「そして休め。これは主将としての指示だ」
「私、とくに体調不良とかでは…」
「いいから帰れと言っている」
「!」
もしかしたら無意識なのかもしれないけれど、そう言った牛島さんの威圧感たるや生半可なものじゃなかった。
その声はいつにも増して低く、小さいながらに脳に直接響くようで。なんだかまるで怒っているような、そんな印象さえ抱いた。
「その状態で仕事を続けられても、俺は困る」
「!」
なんということだ。私は牛島さんに“迷惑だ”とはっきり言われてしまった。
牛島さんは、バレーに対して至極真面目なひとだ。私の脳天スパイク事件のきっかけとなった新入生に対するキツい言葉だって、恐らく緊張のせいかソワソワしていた新入生に釘を刺すために発したものだったのだろう。ここには本気でバレーに臨む人間しかいないから、たとえマネージャーじゃなくても気を引き締めてかかれ、と。
しかし今日の私はどうだっただろうか。注意力が散漫で、とにかく周りに迷惑をかけてばかりだった。主将である牛島さんが怒っても然るべき。
「申し訳、ありませんでした…」
身体の熱がさあっと引いていくのを感じた。
そう呟くと牛島さんはまた“謝る必要はない”と、お決まりの言葉を発したのだった。
――――――
「若利くん、今日はさくらちゃんと一緒に帰れないね?」
「ああ、そうだな」
「それにしても今日のさくらちゃん、なんか面白かったよねー。らしくないミス連発してさ」
「風邪か何かだろうか」
「心配?」
「ああ。最上は表情が分かりづらいから困る。無理をしていても俺は恐らくまだ気付けない」
「それについては若利くんは人のこと言えないと思うんだけど」
「そうか」
「でも若利くんってさ、いろいろと言葉が足りないよね」
「?」
「“その状態で仕事を続けられても困る”って…なかなかキツい発言だと思ったよ」
「?なぜだ」
「……ま、いいけどさ。ちゃんと明日フォロー入れなよ?」
「?」
「まぁ、フォローついでにさくらちゃんに好きって言っちゃうとか!なんちゃって」
「言ったぞ」
「へ」
「それは昨日、言った」
「……?」
「最上に、俺はお前のことが好きだと伝えた」
「……若利くん!?」
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