14.轅下之駒らへ鶴の声
「最上」
「…白布くん?」
昼休み。早速いろいろと聞き出そうと最上のクラスを訪ねた。最上はいつも通りの無表情で一瞬きょとんとしていた。たしかに俺のほうからこいつのクラスに来ることなんて滅多に無いから、もしかしたら変に身構えられたかもしれない。
「最上さ、牛島さんに何か言われただろ」
そう問い掛けてみるとなんだか最上の周りの空気が一瞬冷たいものに変わった。どういうわけか背筋にぞくりと何かが走ったのは、恐らく俺の気のせいではないと思う。
「?いえ、特に」
あ、ダメだこれ。直感でそう感じた。最上が俺に見せた顔は、徹底した無表情だった。
最近になってようやく最上の表情の僅かな起伏が判断できるようになったとは感じていたけれども、それは俺の判断力云々の問題ではなく最近のこいつがただ単に若干表情豊かになりつつあっただけなのだとまざまざと思い知らされた。
「…ごめん。実は全部聞いてるんだ」
だとしたら、下手にカマをかけた詮索なんてこいつには全く意味が無い。だって最上は恐らく全て無表情で流してくるから。そうなると最上の心境の判断なんて俺にはできない。だからストレートに行くことにしたのだった。
「そうですか」
しかしてそんな踏み込んだ発言にも、最上はぴくりとも表情を変化させなかった。どうしよう、本心が全く読めない。
「正直なところ、最上って牛島さんのことどう思ってんの?」
それでもここで引き下がるわけにはいかない。ここでたじろごうものなら天童さんたちに何を言われるか分かったもんじゃない。それに何より、牛島さんのあんな姿はあまりにもいたたまれなくて見ていられない。
俺の予想では、少なくとも最上だって牛島さんに何かしらの好意の類の感情は確実に抱いているはずなんだ。それが恋愛感情だったらなんら問題は無い。問題なのは
「尊敬してますよ、とても」
最上が淡々と呟いた言葉は、俺にとってある意味一番絶望的な解答だった。
以前抱いた嫌な予感が自分の中でふつふつと蘇ってきた。
「でも最上お前、はっきり“好き”って言われたんだろ」
いや何言ってんだよ俺。ストレートにも程があんだろ。自分で言っててどういうわけか顔が熱くなった。俺関係無いのに。
それでも願わくば、最上にも頬の一つくらいは染めて欲しかった。
「有り難い限りです」
しかしそんな期待は届かず。最上は一向に無表情のまま、また淡々とそう呟いた。
これは本格的に、俺の予想が悪い方向に満額回答でハマってしまっている線が濃厚になってきた。
「…付き合ったり、しないのかよ」
最後の望みだった。要はここだろう。この質問の解答によって全てが分かる。
俺は祈るような想いで最上の言葉を待った。
「それは牛島さんと私が、ってことですか?」
「…………!!」
―――――――
「結論だけ言います。牛島さんはドン引きはされてません。むしろとても尊敬されてます」
練習終了後の部室にて。どういうわけかレギュラー勢が全員正座をして俺の話を聞いていた。
だからひとまず早速この場の全員が一番懸念していたであろう点について、まずは端的に結果を伝えた。すると天童さんから歓声が起こった。大平さんはホッと胸をなで下ろしていた。牛島さんの感情は読めなかった。
「ハイッ!」
「なんだよ五色」
「いい結果だったのに何故白布さんは浮かない顔をしているのですかっ!?」
…こいつのこういうところはある意味で本当に怖い。
俺は別に、これ以上のことは言わなくてもいいかと思っていたのだ。言ったところで何になるかというと、この人たちの場合結局ドツボに嵌っていく状況しか見えてこない。
しかし俺がこの場で言わなければ言わなかったで、牛島さんはしばらくこんな状況に悶々とするのだろうか。それは少し不憫だ。
「でも、牛島さんは最上の中の恋愛対象には入っていません」
時間にして約0.3秒の自問自答の末、俺は意を決して言い放った。
言ってしまった。恐る恐る正座陣の表情を見ると、全員同じように顔をぽかんとさせていた。
「つまり…アレか?俺が前言った近所の綺麗なお姉さんと幼なじみの違い、みたいな…?」
「瀬見さん、そんな生温いもんじゃありません。瀬見さん生温いです。」
「なんで2回言った!?」
脳内で上手い喩えを探す。瀬見さんのような平和ボケしきったそれこそ逃げ道があるような生温い喩えじゃ、どいつもこいつも恋愛偏差値低そうなこの面々には切迫感が伝わらないだろう。
「喩えるなら、最上の中の牛島さんって鷲匠監督と同じラインなんですよ」
思考時間0.2秒。我ながら至極分かり易い喩えだったと思う。
面々は一瞬きょとんとした後、事の深刻さを理解したのか一気に青ざめていた。
「し、白布!いやあのほら、最上が鷲匠監督に恋愛感情持つ可能性だって0じゃねぇし!」
「全くフォローになっていないのでアンタもう黙ってて下さい瀬見さん」
「辛辣!」
瀬見さんが放ったとどめの一言により、部室内の空気はどんよりと重くなった。
「……?」
更に厄介なことに、一番肝心の牛島さんがあまり状況を理解できていないらしい。小首を傾げた後、面々をきょろきょろと見回していた。
「ハイ」
「なに、川西」
珍しく混ざっていた川西が相変わらず覇気薄めに手を上げた。というかこいついたのか。こういうことにはいつも無関心そうだったから意外だった。
「それなら、最上に恋愛対象として意識させるような露骨なことすればいいだけなんじゃないんスか?」
川西が欠伸混じりに呟いたそんな言葉に、恐らくこの場にいた牛島さん以外の全員が後頭部を殴られるような感覚を覚えたんじゃないかと、そのとき俺は感じたのだった。
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