17.拈華微笑の意図は何処
帰り道は、当然ながら暗かった。時刻はもう0:00を回ろうという頃。ふと、怒るとめちゃくちゃ怖い母親の顔を思い出した。なんだか一気に現実に引き戻されたような感覚がしたのだった。
「牛島さん、すみません…こんな遅くに」
「?こんな遅くだからこそ、お前を一人で帰すわけにはいかないだろう」
牛島さんはきょとんとしながらさも当然のように、むしろ“何言ってんだお前”くらいのテンションで淡々と言った。
そうだ、そう言えばこういうことに関してはこの人は度を越して優しかったんだ。もちろん申し訳無さもあったけれども、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「!」
と、そこで1台のパトカーがゆっくりと横を通り過ぎた。よく考えたらこんな時間だ。常識的に言えば深夜徘徊で下手したら補導レベルだ。
心臓がばくばくと鳴っていた。
しかしそんな私の懸念とは裏腹に、パトカーはゆっくりと私たちの横をスルーして行ったのだった。私の予想に過ぎないけれども、もしかしたら牛島さんはお巡りさんに大学生(それも成人済み)に間違えられたんじゃないかと思う。さしずめ私はその妹、と言ったところだろうか。なんだか本当に牛島さんって何から何までチートだ。
「…………。」
「…………。」
そして、当然ながら私と牛島さんで会話が盛り上がるわけもなく、終始無言のまま家の近くまで来た。
そうだここは、先日牛島さんから爆弾発言を受けた場所だ。後ろめたさや恥ずかしさが爆発して、叫びたいような衝動に駆られた。
盗み見るようにして見上げた牛島さんは、相変わらずの鉄仮面を被りただただ前を見つめていた。なんだか今更変に意識してしまった自分が、改めて恥ずかしくなった。
「ご両親に挨拶をする」
「…え」
「主将として、当然だろう」
家の前に着いたとき、牛島さんはやはり淡々とそう言った。私は遠慮をしたけれども、牛島さんは首を縦には振らなかった。
私はこういうことはよく分からないけれども、男の人と一緒に深夜帰宅、というほうが親にとってはよっぽど衝撃的なんじゃないだろうか。
過去にそんな経験が無いからなんとも言えないけれども、まさかうちの親に限ってそんな、反射的に牛島さんをひっぱたいたり怒鳴ったりなんてないよね、なんてまた背筋に悪寒が走ったのだった。
「……牛、島…さん…?」
ところがそれも私の杞憂に終わった。家のドアを開けたとき、玄関で正座をしていた母は一瞬般若のような顔をしていた。ところが、牛島さんの姿を確認するや否や、一転してアイドルの追っかけをする少女のように目を輝かせ始めたのだった。というかお母さん、牛島さんのこと知ってたんだ。
「ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした」
牛島さんは深々と頭を下げた。
「もしかして!こんな時間まで練習されてたのですか!?すごい、さすがです牛島さん!もしもうちの娘で役に立てることがあったら今後もどんどん言って下さいね!」
そして母は、キラッキラとした笑顔を浮かべていた。なんだか目もハートだ。
牛島さんはそれを受けてまたぺこりとお辞儀をし、“ありがとうございます。今後もよろしくお願いします”と答えていた。なんだか母はもう、牛島さんにメロメロになっていた。
「牛島さん、今日は本当に、いろいろと申し訳ありませんでした」
牛島さんの帰りがけ、私は外まで見送りに出ていた。
なんだかいろいろと有り難さや申し訳無さが相俟って頭の中がどうしようも無い状態になってしまい、夢中で頭を下げていた。
「?お前に謝られるようなことなど、一つも無い」
そしてやっぱり牛島さんは牛島さんだった。多分気を遣ってくれているとかでは無く、本心から言ってくれているのだろう。
改めて器の大きさをまざまざと思い知らされると共に、なんだか一気に緊張感が消え失せて思わず笑ってしまった。
「…………!」
「?」
牛島さんは、どういうわけか驚いたような顔をしていた。
「…最上」
「はい」
そしてまたすぐさま仏頂面に戻り、牛島さんは口を開いた。
「好きだ」
間
「…あ、ありがとうございます…」
…一瞬、意識が遠退きかけた。
でもさすがに二度目にもなると若干の耐性はできているらしい。私はなんとか平静を取り繕って返事をすることができた。
しかしどうしても気になることがある。牛島さんはどんな意図でそんな言葉を発しているのだろう。
もしかしたらそれこそ、今日は情けないばかりだった私へのフォローのために言ってくれた言葉なのかもしれない。俺はそんなことでマネージャーとしてのお前を見限ったりはしないから気にするな、的な意味かもしれない。
なんとなく、実際のところを聞きたいと思ってしまった。
「牛島さん」
「なんだ」
「牛島さんのおっしゃる“好き”って、どういう意味ですか」
何を聞いているんだろう、私は。絶対に変な奴だと思われた。恐れ多い奴だと思われた。
牛島さんは無表情のまま少し首を傾げていた。
「…意味…?」
その質問に対しての返答は、牛島さんにしては歯切れの悪いものだった。
「す、すみません牛島さん。変なことを聞いてしまって…。忘れて下さい。
そ、それでは失礼します。」
そしてまた私はお辞儀をして、逃げるようにして家へと駆け込んだ。
恩人を最後まで見送らないなんて、マナー違反も甚だしい。けれどもそれどころでは無かった。
心臓はばくばくと鳴っているし、息はまるで全力疾走をした後のように切れていた。更に顔も熱い。物凄く熱い。
「………は」
そんなかんじでなんとか気を落ち着かせようとしていると、ニヤニヤと笑みを浮かべる母とまともに目が合ったのだった。
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