18.抜本塞源答えは未だ


「うん。やっぱり若利くんにはネタバレしておくべきだったね」


朝。天童さんは、内側から大きくべこりと凹まされた部室のドアを見ながら苦笑いを浮かべていた。腕には“この先ワックスかけたて立ち入り禁止”と大きく書かれた立て看板を抱えている。天童さん曰わく、昨晩の守衛さん対策だったらしい。
それにしてもさすが牛島さん。こういうドアって防犯上、普通は人間が素手で殴った程度では壊れないんじゃないだろうか。まぁ普通のドアだって同じことなのだろうけれども。なんというか、牛島さんの火事場の馬鹿力凄まじい。


「そもそもなんで牛島さんに今回のこと言わなかったんスか」

「若利くんに演技とか、できると思う?」

「思いませんけど」


それにしたって、せめて牛島さんにさわりだけでも伝えていたらこの惨状は免れたんじゃないかと思うと、なんだか本当に効率が悪いように思えた。
第一、きっと二人にはなんの進展も無かったんじゃないかと思う。目で見たわけじゃないからなんとも言えないけれども、普通に(?)脱出できたらしいことを考えればそう判断して然るべきだ。


「でしょ?それに…」


天童さんは自分のロッカーから、小型のスピーカーを取り出しながらニヤリと笑った。


「さくらちゃんを怖がらせるような計画立ててるのがバレたら、若利くん多分烈火の如く怒るから〜」

「…………。」

「それにしても、今日若利くん珍しく朝練来るの遅いねぇ」

「遅いも何も、まだ6:30ですけど」


思わず欠伸が出た。今朝は昨晩の事後処理のためにいつもよりも早く来ていた。ちなみに獅音さんは先程から菩薩のような顔でドア破壊の件の始末書を書いている。なんだかアフターフォローも万全だ。


「天童」

「わ、噂をすれば若利くん。おはよ」

「牛島さん、おはようございま…」


渦中の人物の登場に、俺はすぐさま今は亡きドアのほうを見た。しかしなんだか様子がおかしかった。
牛島さんの両目の下には、くっきりとクマができている。そしてどういうわけか目も虚ろだ。
初めて見るそんな絶対王者の姿に驚愕すると共に、まさかもしかして昨日何かが起こったんじゃないかと期待混じりの勘ぐりをしてしまった。


「“好き”って、どういう意味だ」

「へっ」


…と、思いきや牛島さんはいきなり至極深い質問を我々にぶつけてきた。
どういうことだろう。何故この絶対王者はいきなりそんな哲学的なことを言い始めたのだろう。



「昨日最上から、俺の言う“好き”とはどういう意味なのか、という質問を受けた」

「…若利くん。ひょっとしてそれ昨晩寝ないで考えてたとか…?」

「むしろ気が付いたら日が昇っていた」


最上の奴、よりによって牛島さんになんでそんな難しい質問をぶつけたのだろうか。そんなの恋愛偏差値マイナス振り切ってる牛島さんが、どう頭を捻ったって答えを出せるわけないじゃないか。
いや、むしろ最上はただ単純にそれは恋愛感情なのかどうかを確認したかったのかもしれない。しかしそう言っても、それに答えを出すには恋愛感情の何たるかを牛島さんがしっかりと自分の中で持っていなくてはならない。
最上は牛島さんの根本的且つ致命的なところを、的確に突いてしまったらしい。


「というか“好き”の意味って…単純にヤりたいかヤりたくなグフォッ!!」


とりあえずこの場にそぐわないゲス野郎にボディブローを一発決め、牛島さんと向き合った。


「牛島さん」

「なんだ白布。あと天童の言う“やりたい”って何を「それは忘れましょう」


床に転がり唸っているゲスの極みミドルブロッカーに再び睨みを利かせた後、自分自身を落ち着かせるために深呼吸をした。


「牛島さんは最上と、どうなりたいんですか」


常日頃から密かに抱いていた疑問を、俺はとうとうぶつけてしまった。
牛島さんはきょとんとしていた。


「それが多分、最上の言う“意味”ですよ」


牛島さんは眉間に皺を作っていた。迫力が物凄い。
そしてこれも俺の推測でしかないのだけれど、牛島さんの中では恐らく“それ”は定まっていない。更にその事実こそが、元来それぞれ単純なはずの二人が変なところですれ違っている理由じゃないかと思う。
たしかに最上にしてみたら、牛島さんとはあくまでまだまだ“マネージャーと主将”という関係にしか過ぎない。そんな中でこれと言った中身も無くただ“好きだ”と伝えられたとして、どうしてそれをすぐに受け入れられるのだろうか。
そして何よりも、仮に最上が受け入れたとしたって、その先があまりにも不明瞭すぎる。
つまるところは、牛島さんが最上とどうなりたいかを、まずははっきりとさせないと何も進まない。


「…………?」


牛島さんは明後日のほうを見ながら固まった。きっと思考停止に追い込まれてしまったのだろう。
ここでふと、また至極根本的な疑問が頭を過ぎった。

そもそも牛島さんって、“恋人”なんかの概念を、果たして理解しているのだろうか。


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