20.捲土重来その意図は


突然だけれども私は、どちらかと言うとかねてから現実主義なほうだと思う。少なくとも、あまり夢見がちなタイプではない。基本的には自分の能力の限界と立場をわきまえ、それに見合ったソツの無い行動を取るようにしてきたつもりだ。
しかし今、私は現在進行形で勇猛果敢にも程がある挑戦をしていた。
まさかの、牛島さんとの追いかけっこ。
ちなみにもちろん牛島さんが鬼だ。どういうわけか私は今、牛島さんに追いかけられている状況だ。どういうことだろう。
普通に考えて私が勝てるわけがない。だって甘めに評価したとしても私の脚力は女子の平均並み。それなのに男子の平均を軽々と超えてかかっていて且つスタミナ異次元の牛島さんに、どうして鬼ごっこという競技で勝てるというのだろうか。未だに状況が理解できない。
あれ、そもそも私はどうして逃げているのだろう。でもなんとなく、今は一刻も早く牛島さんから逃げなければならないような気がするのだ。

部室棟を抜け、校庭へと出ると背後からは“若利くんどうしたの!?”やら“最上さんが何かやらかしたんですかっ!?”といった聞き慣れた声が聞こえてくる。そう言えば先程、天童さんと五色くんにすれ違ったような気もした。
しかして私は、一体どこへ向かっているのだろうか。足は自然と校舎のほうへと向いていた。
障害物や曲がり角は多いほうがいい。そうじゃないと私に牛島さんを播けるはずなんてない。


「おう最上!どうしたそんなに急いで」

「はぁっ…はぁっ…!瀬見さんお願いします牛島さんを一秒でも長く足止めして下さいよろしくお願いします!!」

「は」


自分でも驚くような大きくてハキハキとした声が出た。一瞬視界の隅にはぽかんとする瀬見さんの表情が映った。


「!?瀬見、邪魔だ、どけ」

「いやなんか知らねぇけどそういうわけにはいかねぇんだよ!頼まれたんだよ!」

「いいから、どけ」

「話通じねぇ!!いいからって何がだよ!!?」


背後からそんな会話が聞こえてきた。
瀬見さんの漢気とそのツッコミのキレッキレ具合にはもう感服せざるを得なかった。


「…よしっ!」


そして瀬見さんは、思いの外長いこと牛島さんを食い止めてくれていたらしい。私は無事に校舎の昇降口へとたどり着いた。急いで靴を履き替え、またひたすらに走る。
息が切れて、なんだか喉が焼け付くような感覚がした。思えば最近、全力で走ったのなんて最後はいつだっただろうか。
それでもどういうわけかしっかりと足は動く。火事場の馬鹿力とはこんなことを言うのだろうか。
そんなことを考えていると、背中に鳥肌が立った。遅れて軽快な足音も聞こえてくる。


「………っ!」


もう、いろいろと考えている余裕なんて無かった。



―――――――



その後なんとか女子トイレなんかで牛島さんを播きつつ、ようやく自分の教室へとたどり着いた。何故ここに来たのかなんて分からないけれども、あれだろうか。無意識の帰巣本能という奴だろうか。
息を切らしながら教室へ駆け込むと、まだ教室内にちらほらと残っていたクラスメートの視線が、一斉にこちらに向いた。


「ど、どうしたの最上さん!?」

「はぁっ…はぁっ…!今、ちょっと追いかけられてて…!」

「なんでいきなり追われる身!?」


クラスメートの一人からのそんな問い掛けに対しての答えもけんもほろろに、私は教卓の下へと滑り込んだ。そして膝を抱えながら息を整える。
心臓はばくばくと鳴っていた。しかし何故か部室でのそれほどしんどいものでは無かった。
なんだかそんな感覚に、どこかで安心している自分がいた。


「最上さくらは、いるか」

「!?」


そしてそんな安心感も、本当に一瞬で消え去ってしまった。恐らく私の登場のせいでざわついていたであろう教室内を、一瞬でしんとさせるような声。
この人は声だけでこの場を支配できるらしい。


「…え、えっと…最上さん、ですか…?分から、ない…です…」


恐らくクラスメートの一人が、こんな状況に何かを察してくれたらしい。言葉を濁してくれていた。
なんだか申し訳無さと有り難さが相俟って涙が出そうだった。牛島さんがいきなり現れたらびっくりするだろうに。怖いだろうに。
私は心の中でお詫びとお礼の言葉を叫んだ。


「……え」


しかし突如、どういうわけか視界が明るくなったのだった。クラス内のどよめきも急に鮮明に聞こえるようになった。


「最上」

「ヒッ!!?」


膝を抱えたままゆっくりと振り返ると、それまで私を囲んでくれていた教卓を軽々と持ち上げている牛島さんがいた。


「行くぞ」


呆然としていると、突如身体を浮遊感が襲った。そして牛島さんの呟きが、至極至近距離で聞こえたのだった。


「へっ」


そして周りの光景が、突如もの凄いスピードで動き始めた。
私は今、牛島さんに所謂“お姫様抱っこ”をされていた。そして牛島さんは、物凄いスピードで走っているのだ。


「最上、死ぬな」


また物凄く近いところから聞こえてきたその声に、消えかけていたはずのその感覚が一気に呼び覚まされたのだった。


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