23.呉越同舟とはいかず


「ですから、今日は大丈夫ですって」

「そうは見えないから言っているんだ」

「おい、お前ら…」


その後部室に無理矢理引っ張られて来たわけだけれども、私は牛島さんの着替えの隙を見計らって、偶々その場にいた瀬見さんの後ろへと隠れたのだった。
そして瀬見さんを間にしたまま約10分、私は牛島さんとそんな押し問答を繰り返していた。瀬見さんの背中から、もう何度目か分からない溜め息が漏れたのが聞こえた。
なんだか今日は瀬見さんにいろいろと助けられる日だ。後で誠心誠意感謝をしないと。


「お疲れ様ですっ!」


そこに、先ほどトイレに駆け込んで行った五色くんが入って来たのだった。
声色も顔色も、すっかりいつも通りの彼のそれに戻っていた。うん、なんてタフなんだろう。牛島さんの言うとおり、全く心配には及ばなかったみたいだ。


「何してるんですか?」


そして五色くんは、この状況を見て早速首を傾げていた。


「…………。」

「…………。」


なんと説明をすればいいのだろう。どうしても上手い言葉と表現が見つからず、思わず黙ってしまった。そして同じく無言の牛島さんの顔を瀬見さんの背越しに恐る恐る見上げると、まともに目が合ってしまったのだった。なんだかその視線はいつにも増して鋭い気がする。こっわ。


「…若利が頑なに家まで送るっつって、最上が頑なに遠慮してる状況だよ…」


瀬見さんが、げんなりとしながら代弁してくれた。とことんいい人だ。


「?じゃあ、俺と一緒に帰りましょう!最上さんっ!」

「はっ!?」

「え」


五色くんはキリッとした表情をつくってそんなことを言ってきたのだった。瀬見さんはそれに対し、大袈裟な程に驚いていた。
正直なところ、少し有り難かった。だってこのまま家までの道程を牛島さんと二人きりだなんて状況、今の私には耐えられる気がしなかった。だから五色くんが一緒に帰ってくれれば“一人で帰らせるのが心配”と恐れ多くも繰り返してくれている牛島さんへの説得力にも繋がる。


「牛島さんよりも、更に安全に最上さんを送り届けられるように頑張りますっ!」

「工。変なところで若利に張り合って話をややこしくしないでくれ…」

五色くんは両手の拳をぎゅっと握ってなんだかメラメラと燃えている。
瀬見さんは頭を抱えている。
牛島さんからは相変わらず睨まれている。
なんだか、とてもじゃないけれどもサラッと“あ、じゃあ五色くんと一緒に帰りますっ☆”とは言えない雰囲気だ。どうしたものだろう。
なんとなく、やはりここはなんとか説得をして一人で帰るほうが平和的解決には一番近いように感じた。よし


「最上」

「えっ?」


と、いきなり明後日の方向から声を掛けられたかと思うと、がしっと腕を掴まれた。


「じゃ、お疲れ様です」

「…川西くん…?」


そこにはいつの間にかすっかり着替えを終えた川西くんが立っていた。
そして部室内に向かって川西くんはそう挨拶をすると、私の腕を掴んだまま廊下へと出たのだった。
最後に見た牛島さん、瀬見さん、五色くんの3人は、全員一様にぽかんとした顔をしていたのだった。


―――――――


「あー良かった。牛島さん追ってこない」


川西くんはそのまま校門まで早足で歩き、一度後ろを振り返るとようやく腕を放してくれたのだった。


「…………。」


そして川西くんはそのまま歩き出したものだから、私も特に何も考えることなくその背中に続いたのだった。
この流れは、結局私は今日は川西くんと一緒に帰ることになった、ということで良いのだろうか。そう考えるとなんだか一気に緊張感から解放されたような気がした。
特別川西くんとは仲がいいわけでもなんでもないけれども、やっぱり同学年の子と一緒にいると変に気を張らなくていいからとても楽だったりする。


「最上も、大変だね」

「え」

「よりによって、牛島さんに目ぇ付けられるとか」

「…目…」


川西くんはそう言って苦笑いをしていた。そうか。私は形はどうであれ牛島さんに目を付けられているのか。
改めて第三者である川西くんからそんなことを言われて、ようやくそんな状況が理解できたような気がする。
ただそれが“大変”かと言うと、あながち自分でもしっくりとはこないところがある。どちらかと言うと、大変というよりかはひたすらに恐れ多い状況なのだ。
牛島さんという、少なくとも“一般人”という区分には分類されないであろう人間の視界に、少なからず入らせて頂いているなんて、なんだか身の程知らずにも程がある気がする。


「でも今日の最上は面白かったよ」

「え?」

「牛島さん見た途端顔真っ赤にして逃げ出したりしてさ」

「…すみません」


なんだか一気に恥ずかしさが込み上げた。そうだ、川西くんは私の今日の醜態の一部始終を見ていたのだ。
今まで、極力選手の人たちには迷惑をかけないように振る舞ってきたつもりだった。それこそ私は白鳥沢バレー部にとって空気ですらあるような、そんなソツの無いマネージャーを目指してきたつもりだった。
だからこそ、よりにもよって同級生である川西くんにそんな感想を告げられたことで、少なからずのショックを抱いたとともに物凄く気まずい感覚に陥った。


「謝ることはないけど、」

「…………。」

「なんか今日の最上、牛島さんに恋してる女の子みたいで、めっちゃ可愛かったかな」


すると川西くんは、歩きながら至極淡々とそんなことを言ってのけたのだった。


「……は」


川西くんは、何を言っているのだろう。
牛島さんに、恋?
まさかの私が、まさかの牛島さんに?
なんだか頭の中が真っ白になったような気がした。
しかしてそもそも、恋ってなんなんだ。たしか夕方川西くんは“風邪みたいな症状”になるらしいと言っていた。そう考えると、今日の異常な発熱だったり、動悸息切れだったり、心当たりが無いこともない。
いやでもしかし、そんなことって有り得るのだろうか。だってなんと言っても、私の知る限りの“私”という人間は、少なくともそんな柄じゃなかったはずだ。そんな感情を誰かに対して抱いたことなんて、過去に一度も無い。
けれども誰かに対し、反射的に今日みたいな反応をとってしまったことだって同じく一度も無かったりするわけで。
それはつまりは、そういうことなのだろうか。


「…川西くん」

「ん?」

「“恋”って、なんですか」


そんな質問を川西くんにぶつけてみると、川西くんは小さく吹き出した後に「だから俺もよく分からないって言ってるでしょ」と呟き、その大きな手で私の頭をぽんぽん、と2回軽く叩いたのだった。


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