24.脚下照顧の結末は


“会いたい、いつまでもそばにいたい、と思う満たされない気持ちを持つこと”
小学生のときに使っていた国語辞典曰わく、恋の定義とはそれらしい。それに心底ホッとしている自分がいた。
だって少なくとも、私は牛島さんに対してそんな感情は抱いていないはずだ。現に今日はとにかく牛島さんから離れたくて仕方がなかったし。胸にざわざわと蠢いていた不安が、ようやく薄まったような気がした。
良かった。私はそんな身分不相応な感情を抱いていたわけでは無かったようだ。


「……ん?」


“相手を大切に思い、尽くそうという気持ち”

同じくその国語辞典曰わく、これは“愛”の定義らしい。


「……………。」


大切か大切じゃないかと聞かれたら、勿論大切に決まっている。そして尽くしたいか尽くしたくないかで言っても、同じく。だってそもそも私はマネージャーだ。尽くすのが、役割だ。そしてその立場に、牛島さんに半ベソをかきながら直談判して留まったのも、他でもない私自身だ。


「…………。」


えっ



―――――――



昼休み。
昼飯を食べ終わりペットボトルのお茶を飲んでいると、そこに真っ白な顔をした最上が立っていた。目の下に隈ができている。
きっと昨日の帰りに俺が発した言葉と、一晩中闘っていたのだろう。そう思うとなんだか微笑ましい気持ちになった。


「川西くん、私、多分牛島さんに恋はしていません」


最上がなにを基準にしてそう判断をしたのかは、皆目見当がつかなかった。しかし最上の言葉には、どこか確固たる芯があったように思えた。
なんだなんだ、結局尊敬とか、そういうところに落ち着いたのか。つまらないの。牛島さんの今後の道程は、相変わらず長そうだ


「でも、」

「?」


最上はぐっと下唇を噛んだのだった。


「…愛してるかも、しれません」

「ぐふぉっ!!!???」


飲んでいたお茶が、勢い良く入ってはいけないところに入った。しかしそれどころじゃない。最上の表情は至って真剣なのだ。いやむしろ思い詰めているようにすら見える。少なくとも、白昼堂々人目もはばからずフォーリンラブ宣言をかましちゃうような乙女の表情では、ない。


「ゲホッ、ゴホッ…!…と、とりあえず落ち着け最上」


いやこれは、俺の立場からすると非常に喜ばしい状況なのかもしれないのだけれども。でも、どうも最上が進路を大きく逸れているような気がしてならない。


「私は、どうすれば…」


どうすればもこうすればも、それをそのまま牛島さんに言ってめでたくゴールインすればいいだけの話だろ。そんな言葉が喉元まで出かかったけれども、恐らくそんな単純な話ではない。播いた直後の種を根すらも張らないうちに収穫してどうする、という話だ。恐らく収穫すべき人間である牛島さんに水遣りのセンスなんて望めないから、周りがフォローするしかないのだ。
落ち着け。まずお前が落ち着け川西太一。


「…とりあえず、なんで最上はそんなに辛そうなの?」


まず一番確認すべきはそこだろう。牛島さんの話だと、最上は既に牛島さんから告白を受けているはず。そして最上が、晴れてそんな感情に至ったのだとしたらめでたく両想いなわけだ。
今更何を苦しむ必要があるというのだろう。


「…あまりにも、恐れ多すぎます」


…なるほど。そういうことか。
最上の中には牛島さんに対する確固たる尊敬の想いもしっかりと根付いている。それが形を変えて恋愛感情になったわけではなくて、それがはっきり残った状態で恋愛感情が生まれたのだろう。きっと。
そしてそれは、同じ方向を向いているわけでは無い。恋愛感情を尊敬の想いが牽制し、隠してしまっているような状況になってしまっているんだ。
たしかに相手が相手だから分からなくもない。だって誰がどう見たって、牛島さんは一人だけ住む世界の違う人間なのだから。


「…でもさ、」

「……?」

「結局、同じ高校生じゃん」


ざっくりと考えると、そういう結論になる。あまりにもざっくりとしすぎてて説得力は一切無いけれども。
それでも結局のところ、そんな住む世界の違う牛島さんが好きになったのは、他でもない最上で。それなら最上が変に自分のエゴで牛島さんを敬遠するのも、言ってしまえば牛島さんにとってなかなか失礼なことだとも、言えなくもない。
でもそれを今の最上に伝えるのはあまりにも酷だ。きっと彼女のキャパシティをあっさり超えてしまうのだろう。


「…………。」


最上は無言で俯いた。きっと今彼女の頭の中はごっちゃごちゃになっているのだろう。
最上の考えていることが手に取るように分かる、ということもなかなか珍しい。そういえばちょっと前まで俺の中でのこいつは“いつも無表情で何考えてんのか分からない少し怖い奴”だったはずなのに。


「なぁ最上」

「…はい」

「そもそも、何を基準に愛だの恋だの判断したの?」


女のひとは、恋をすると可愛くなるらしい。ちょっとそのニュアンスからはズレるけれども、今の最上はそれなのだろうか。なんだか随分と人間性が増したような気がする。


「…辞書です」

「辞書?」


とりあえず、過程はどうであろうと最上がここまで来たことは大きな進歩だと思う。
これをどう、活かしていくか。
少なくとも恋愛偏差値の高くはない白鳥沢バレー部にとっては、ここからが正念場だと思う。
もうそろそろ、3年生の先輩たちにもいいところを見せて欲しいくらいなのだけれども。

まぁとりあえず。
今日最上は、放課後牛島さんと会ったらどんな反応を見せてくれるのだろうか。なんだかそれが少し楽しみだと思ってしまう自分は、なかなかどうして性格が悪いらしい。


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