26.背水之陣、被害者は
「…お疲れ様でした…」
最上は小さくそう呟くと、とぼとぼと部室を後にした。その背中は落ち込んでいるように見えなくもなかった。
まぁとにかく元気は無かった。原因は恐らく牛島さんだろう。いや、絶対にそうだ。
牛島さんは今日、露骨に最上を避けていた。話し掛けられても目を合わせもしないし、返す言葉も生返事。今まではどちらかと言うと全て食い気味に拾っていたにも関わらず。
きっと最上は今、的外れな自責の念に駆られに駆られているのだろう。そう思うと、なんともいたたまれない。
「ほらね、さくらちゃん普段よりも若利くんに話し掛けてたじゃん?」
天童さんが得意気にそんなことを言った。大平さんは苦笑いを浮かべながらも、それに同調するかのように頷いていた。
「やっぱり押して駄目なもんは引いてみるもんだなぁ」
瀬見さんも何故か満足げなのにはムカついた。
…つまるところ、昨日川西が最上を連れ帰った後、3年生が牛島さんに提案したのはそれだった。今までどちらかと言えば押して押してひたすら押すことしかできなかった牛島さんに、先輩たちは引くという選択肢を提案していたのだ。
つまりは最上と一旦意識的に距離を置くようにすること。勿論部活に支障の無い程度に、という条件付きだったけれども。
たしかに言われてみれば、今日は比較的最上が牛島さんに声を掛けるシーンは多く見掛けたように思った。昨日の今日でこの違いは、やはりこの作戦になんらかの効果はあったのだと判断せざるを得ない。ただしかし、
「…最上に、素っ気ない態度をとってしまった…」
気になるのは、肝心の張本人まで露骨に落ち込んでいることだ。
あの牛島さんが、床に体育座りをしている。膝を抱えている。やっぱり凄いよ最上お前。
まぁつまるところこの作戦は、牛島さんも最上も意図せず辛い状況に陥るという、非常に滑稽な諸刃の剣を携えたものだった。
「あの」
「なに、賢二郎」
「正直、さすがに極端すぎると思うんですけど」
言葉は濁した。ぶっちゃけ決して器用なほうでは無い牛島さんと最上の間に、そんな駆け引きみたいなものをけしかけたところでかえってややこしいことになる未来は目に見えている。
正直やめたほうがいいとも思う。しかしかと言ってこのフワフワとしたもどかしい状況を打破する代替案なんて、浮かんでくるわけでも無く。だからせめてもう少し、距離をとるにしても上手いやり方があると思うのだけれど、
「若利くんの中に、加減とかって言葉があると思う?」
…悔しいけれども、天童さんの言うとおりだ。絶望的なことに。
たしかに牛島さんのあの押せ押せモードは、告白に少なからず動揺しているであろう最上には、いささか刺激が強すぎる。けれどかと言って、程良い距離感なんてものが、失礼極まり無いけれども牛島さんに計れるわけがないとも思う。
「…というか川西」
「んー?」
そいつは着替えながら、気怠げな声を発した。
「お前何ニヤニヤしてんだよ」
「別に?」
川西は、どこかこの状況を楽しんでいるようにすら見えた。こいつ昨日最上と一緒に帰ってから、何かを掴んだな。漠然とそんな雰囲気を感じた。
じとりと睨むと、川西はまたへらりと笑った。
「白布、いいんじゃない?」
「何がだよ」
「ま、牛島さんもそもそも“最上とどうなりたいか”ってとこ、まだはっきりしてないみたいだし?」
「…………。」
なんだか微妙に話をはぐらかされたような気がした。でもたしかに、それもその通りだと感じる。
そもそも最上の立場からしてみても、ただ牛島さんから好意を伝えられただけじゃ、どう反応を取ればいいのかなんて分かったもんじゃないだろうに。
「はいっ!」
「なんだよ五色」
五色が勢い良く手を挙げた。なんでこいついつも楽しそうなんだ。
「いっそとりあえず付き合ってみる、っていうのはどうですか!?」
「黙れ現代っ子」
「俺白布さんと1つしか変わらな「真に受けないで下さいね、牛島さん」
牛島さんは、首を傾げていた。恐らく五色の言った発言の意味を分かっていないのだろう。この状態の牛島さんに変なことを吹き込もうものなら、いっそ全てを真に受けてしまいそうで恐ろしい。それこそ今からでも最上を全速力で追い掛けて“とりあえず付き合おう”と言い出す可能性だって十二分にある。
本当にとんでもない人だ。
「じゃあこのまま様子見だねん」
再び天童さんが、どこか勝ち誇ったような表情でそんなことを言った。
たしかに結局そこしかない。いっそそんなイレギュラーな状況下にでも置かれなければ、最上が自分の感情を本気で整理する機会なんてないかもしれないし。ただ、
「…また、最上を無碍にするのか…」
ちょっとあまりにも牛島さんが不憫すぎませんか、天童さん。
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