27.心慌意乱極まりし


「…………。」


脳内が、半ばパニック状態だった。
やっぱり私は、ほぼ確実に牛島さんに避けられているらしい。
ここ数日間、退っ引きならないきっかけを得ては牛島さんに話し掛けてみるものの、終始牛島さんからは必要最低限の返事しか返ってこなかった。
それだけならまだしも、なんと言ってもとにかく牛島さんと目が合わないのだ。牛島さんは基本的に、誰かと話をするときはひたすら真っ直ぐに相手の目を見るタイプだと思う。それこそ、相手が逃げ出したくなるくらいの迫力で。入部当初はそれに少なからず怯えていたけれども、大平さんや天童さんからあれはあの人の癖だ、と言われて納得していた。それですぐに慣れたわけではなかったけれども。
癖、すなわち無意識、というものは意識的にどうこうしないと変わらないものだと思う。ということはつまり、牛島さんは意図的に私と目を合わせてくれていないわけで。
牛島さんを怒らせてしまった。その理由なんて、むしろ思い当たる節しかない。
つい先日気を引き締めようと決意した矢先の、こんな状況。私はやはりどこかで気を緩めてしまっていたのだろうか。
いや、きっとそうじゃない。気が緩む緩まないの問題ではなくて、そもそも根本的に私はおかしくなってしまったのかもしれない。
私は根本的に、他人には自分を空気として扱ってほしいタイプだった。過度な期待もされず、かと言って迷惑ではない、というような当たり障りの無い存在でありたかったはずだ。だから別にこんな状況、私にとってはむしろ願ったり叶ったりだと思うのだけれども。
第一牛島さんからははっきりと“迷惑をかけたわけじゃない”とも言われている。それならそれで完結させてしまえばいいのに、牛島さんの態度に逐一落ち込んでしまうだなんて。
これじゃあまるで、私が本当に牛島さんに恋をしているみたいだ。構ってほしい、と言っているようなものだ。恐れ多くも、ひどく幼稚だと思う。そんな自分、知らない。
感情のコントロールは経験を積むことによってできるようになるらしい。自分なりにその感情の落としどころを見つけて初めて、それができるようになるから。
しかしてそれなら、こんな未知の感情とはどう向き合えというのだろう。そしてそれに苛まれた今の自分は、どこに身の置きどころを見出せば良いのだろう。
とにかく私は今、牛島さんに避けられていることに対するショック自体よりも、そんな自分自身があまりにもよく分からなくて途方に暮れていた。


「最上」

「?お疲れ様です、山形さん」


部室棟を出たところでふと呼び止められ、振り返るとそこには山形さんが立っていた。


「おう、お疲れ。家まで送るから」

「え?」


山形さんからのそんな唐突な提案に、思わず面食らってしまった。送る、ということはつまりは一緒に帰ってくれる、ということだろうか。今まで山形さんからそんなことを言われたり、ということは皆無だった。


「頼まれたんだよ。お前の保護者に」

「…保護者?」

「心配だけどしばらく送れねーから代わってくれ、って」

「?」


保護者とは、誰のことだろう。大平さんか白布くんだろうか。いやともすれば川西くんあたりかもしれない。それにしたって、わざわざ山形さんにそんなことでお手を煩わせるだなんて


「気なら遣うなよ。お前家東町だよな?普通に通り道だから」

「え、でも」

「嫌なら遠慮なく言ってくれ」

「有り難い限りですけれども、」


困惑しながらもそう返事をすると、山形さんはニッと笑って“じゃあ帰るか”と呟いたのだった。



―――――――


「どうした、なんかあったか?」

「え」


道中特に会話を交わすこともなく家路を歩いていると、山形さんはふとそんなことを呟いたのだった。
私、何かしただろうか。少し驚きながら山形さんの顔を見上げると、山形さんは苦笑いを浮かべていたのだった。


「いや、あからさまに落ち込んでるなー、と」

「えっ」


思わず顔を両手で抑えてしまった。なんだろう、無意識にそんな表情をとってしまっていたのだろうか。


「違ぇよ、雰囲気」

「…ふんいき?」


山形さんは今度はははっと声を上げて笑ったのだった。それにしても、何故山形さんは私の疑問や考えていることを立て続けに当ててきたのだろうか。私はどちらかと言えば“何を考えているか分からない”と家族にすら言われるようなタイプなんだけれども。


「?なんだよ」

「…山形さん、どうして分かったんですか?」


山形さんはやっぱりリベロという役割を担っている分、そんな洞察力も優れているのだろうか。やっぱりうちのチームの人たちは悉くチートだ。常軌を逸している。


「…お前自分が溜め息何回吐いたと思ってんだよ」

「えっ?」

「無意識か」


山形さんはいよいよ楽しそうに笑っていた。なんだか意外だった。
山形さんって、牛島さんほどじゃないにしてもどこか硬派なイメージがある。あまり冗談なんかも言わないタイプだ、と白布くんも前に言っていた。だからこうして隣りで楽しそうに笑っているその人は、いつもの山形さんとは全く別人に見えた。
いや、もしかしたら山形さんって本来は明るい人なのかもしれない。五色くんとも仲良いし。やっぱり普段の独特の雰囲気はバレーに対して本気だからこそ、なんだろうか。


「…いや私、牛島さんに、嫌われてしまったみたいで…」


私は山形さんにこんなことを伝えて、果たしてどうするつもりだったのだろうか。まずそんなことを考えている事実が恥ずかしいし、ともすれば部活に好き嫌いを交える、というタブーすら冒してしまっている状況。
うわ、これ下手すると怒られるんじゃないか。そんなことを思いながら恐る恐る山形さんの顔を見上げると、山形さんは私の予想に反してニヤリと悪戯を企てる子どものように笑っていた。


「なに、最上…お前若利が好きなのか?」

「!?」


思わず山形さんを二度見してしまった。いきなり私の悩みの原因の、まさに核心をついてくるだなんて。この人はやっぱりエスパーか何かなのだろうか。


「はっ!?図星!?」

「ち、違っ…!そんな、恐れ多っ…!?」


一転して驚愕の表情を浮かべた山形さんの発言に対して、思わず声を上擦らせながら返事をしてしまった。山形さんはそんな私を見ながら、一瞬きょとんとした顔をした後、はぁと一つ溜め息を吐いたのだった。


「…あのなぁ、最上」

「あ、あの」

「恐れ多いって、なんだよ」


どこか呆れ気味な声。私は山形さんのそんな質問の意図が分からず、ただただしどろもどろな言葉を発した。
だってそんな、よりにもよって相手は牛島さんだ。絶対王者だ。私なんかがそんな感情を抱いていいはずがない。


「最上」

「は、はい」

「もう若利に言われたんだろうから言うけど」

「え、」

「若利はお前が好きなんだよ。恋愛感情で」


…あ、どうしよう。頭の中が真っ白になってしまった。これは前にも陥った感覚だ。


「だから、恐れ多いとかいう感情一旦全部取っ払って、ちゃんと一人の男として若利を見てやってくれよ」


そんなこと言われても、なんて言葉が口を付いて出かけた。牛島さんを、一人の男の人として、見る。
だって牛島さんは大前提として絶対王者で、世界ユースで、獅子奮迅で…
それがあの人の人となりなのだから、今更どうやって切り離して考えろというのだろうか。


「あ、あと俺がこんなことお前に言ったって…他の奴らには秘密な」

「え、と」


山形さんは私のこのパニック状態については知らぬ存ぜぬとでも言うかのように、またニッと笑ったのだった。

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