29.歓天喜地は当事者除く
先刻、若利くんは物凄い勢いで部室へと駆け込んできたのだった。そして間髪入れずにシャワールームへと飛び込んで行った。
ちらりと見えたその顔は、なんだか尋常じゃなく赤かったように思った。なんだかいい加減さくらちゃんとのこんな関係も限界に近かったらしく、さっきまでは少し青いくらいの顔をしていたにも関わらず。
これはひょっとして、何か進展があったのだろうか。だとしたらこの作戦にしては満額回答だったりもするのだけれども、いかんせん若利くんとさくらちゃんだ。そんな俺の淡い期待は悉く残念な方向に裏切られてきた。そもそも、そんな煮え切らない関係性をなんとかしたくてこんな作戦に出ているわけだけれども。
そんなことを考えていたら、若利くんがシャワールームから戻ってきたのだった。全身ずぶ濡れで。え、若利くん、なんで服着たままシャワー浴びてるの?しかも唇真っ青だけど。なんで冷水?え?
「天童。俺は、生涯をかけて責任を取る」
「ちょっとキミ本当に何したのさ」
若利くんは据わった目をしながらそんなことを言ってきたのだった。
常日頃、この子だけは俺の推測の及ぶところにいないとは思っていたけれども、いよいよ本当にわけが分からない。何故いきなりそんな武士みたいな宣言をかましてくれているんだろう。責任、ってまさかまさかさくらちゃんの貞操なんかを奪ったわけでも無かろうに。
いや、むしろそうだったらバレー部総出で宴が始まるレベルだろう。祭りが始まる。
「何をした、だと・・・?」
「こっわ!若利くんいきなりこっわ!」
若利くんは、眉間に皺を寄せながらものすごく低い声でそう呟いたのだった。何この鬼気迫る感じ。もしかして若利くん、可愛さ余ってさくらちゃん殺っちゃった?え、殺っちゃったの?仮にそんなことを言われたとしても納得してしまうような剣幕を、若利くんは今まさにしていたのだった。
「天童さん」
「なに、太一」
「牛島さん、さっき廊下で最上にちゅーしてましたよ」
間
「・・・ちなみに、ちゃんと口にです」
「若利くん!!?」
太一が淡々と呟いたのは、俄かに信じがたい内容だった。
太一のいうところの『ちゅー』が、俺の把握しているそれと同じものなら、若利くんってばファインプレーなんてものじゃない。というか若利くんがその行為を愛情表明の手段として認識していたことにとにかく驚きを隠せない。
いや、若利くんだっていくら天然記念物とは言えど紛れもない高校生男子。迂闊だった。完全に若利くんを甘く見ていた。ちなみに他の面々もそうだったらしい。現状部室内は太一以外の若利くん含む全員が石化しているという非常にカオスな状況だ。
「うおああああああ!!?」
「まじっすかああああ!!?」
真っ先に声を上げてきたのは英太くんと賢二郎の二人だった。さすがセッター組。反応が早い。それにしても英太くんはともかく、賢二郎がそんなに大きな声を出せることにとにかく驚いた。いや、そんなことに驚いている場合じゃない。
「な、なんで!?なんでいきなり!?」
「なんで、と言われても・・・」
取り敢えずは、なぜ若利くんがそんな強行手段に乗り出したのが、背景を確認しないことにはうかうか喜んでもいられない。若利くんに限って無いとは思いたいけれども、嫌がるさくらちゃんに無理やり・・・なんてことだったら事態は大きく変わってくる。最悪さくらちゃん、もう部活に来なくなる可能性だって十二分に生じてきてしまうくらいのことだと思う。
セッター組もそれに気が付いたのか、ハッと我に返ったような顔をしていた。
「経緯、は・・・?」
少なくとも、出会い頭に衝突、なんていう少女漫画的ハプニングではないだろう。そもそも偶然ぶつかるにしては口の位置も違いすぎる。
だとすると、それに至るまでの、なにかしらの切欠があったはずなのだけれども。
「分からない」
「分からない、って・・・」
「・・・最上から泣きながら『もっと構って欲しい』と言われた。その真意は分からないが、それを受けて頭が真っ白になり、気付いたら、俺は何故かそんな行動を・・・」
「・・・・・?」
状況をすぐさま理解することはできなかった。頭のなかに、若利くんのこんなときですら無駄に淡々としている言葉が大袈裟に響いた。
えっと、それって、つまり・・・
「・・・若利、お前もうそれ、両想いじゃねえか・・・?」
一番最初に声を発したのは、やはり英太くんだった。口元のニヤケが抑え切れていない。
恐らく俺も今、同じような顔をしているのだろう。
いや、落ち着け。さすがにそれだけでそうと決めるのは時期尚早ではないだろうか。
でも、どちらにしたって、さくらちゃんの反応如何ではその判断だってすぐにできるだろう。というか何ささくらちゃん、構って、って・・・!
「若利くんもさくらちゃんもグッジョブ!!!!」
一先ずは、一歩どころか大きく前進したと見ていいだろう。部室内には歓声が響いた。
獅音なんか目に涙を浮かべている始末だ。お母さんかよ。
・・・それにしても気になるのは、この部室内で唯一、当の本人である若利くんだけが、何かを思いつめたかのような、どうも浮かない表情をしていたことだった。
・