7.発憤忘食ひたすらに


「二人ともお疲れのところ、ごめんなさい…」


はい、無理でした。まだ時間は早いものの、怖いものは怖い。なんと言っても大平さんからあんなことを言われた直後だ。眠くなるまでは一人でいるなんてこと私にはまず無理だった。だから私は天童さん大平さんとは逆側の隣りの部屋、白布くん五色くん部屋にお邪魔させてもらったのだ。もちろん理由は伏せている。だって同級生である白布くんだけならともかく、後輩である五色くんの前でそんな情けないこと言えない。


「最上さん!謝ることなんてないですよ!UNOやりましょうUNO!」

「五色うるさい」


そんな中でもひたすらにテンションの高い五色くんにはすごく精神的に助けられた。私は溜め息を吐く白布くんをよそに、五色くんから手札を受け取ったのだった。


「というか最上」

「?」

「昨日の夜、電話かけた?」

「……!」


ぎくっ
すっかり白布くんに電話を掛けていたことを忘れていた。白布くんは怪訝そうな顔をしながら「ごめん寝てた」と呟いた。だから私はいいんです、なんでもないんです、とだけ返した。白布くんは首を傾げていた。


「ぐっ…!またSkip…!」

「俺の左隣にいる五色が悪い」

「ウノ」

「最上さん!?」


そんなこんなで3人で延々とUNOで遊んでいた。なんだか合宿、というか旅行っぽくて楽しい。いちいち大袈裟な反応を見せる五色くんがなんとも可愛らしくて思わず口許が緩んだ。


「!?」

「なに、白布くん」


ふと白布くんを見ると、白布くんは私のほうを見ながら驚いたような顔をしていた。


「最上お前、表情筋持ってたんだな」

「え」


いまいち白布くんの言っていることが分からなかった。


「白布さん!最上さんを牛島さんとかと一緒にしないで下さい!」

「五色も言うこと大概だよな」

「最上さんは、よく笑いますよ!俺の前だと!」


五色くんはフフンと鼻を慣らしながらそう言った。なるほどそういうことか。ようやく合点がいった。
たしかに私は昔から感情表現が下手だと言われてきた。中学時代はそれによって後輩から“怒っている”と勘違いされてしまうことも多々あった。だから高校では後輩である五色くんたちが入ってきてからは、意識的に笑うようにしてきた。違和感たっぷりであろうそんな表情をとりあえず五色くんが“笑顔”と受け取ってくれていたことにひとまず安堵した。


「なんだか牛島さんに勝てたみたいで嬉しいですよね!」

「……!」

「牛島さん?」


そんな五色くんの口から、どういうわけかいきなり牛島さんの名前が出た。文脈の流れを掴めずにいると、白布くんがぎょっとした顔を見せた後にひとつ咳払いをした。


「最上」

「はい」

「もう部屋に戻って寝ろ」

「えっ」


そして白布くんからそんなことを言われたのだった。いやせめてあと少し、と食い下がりたかったけれども、白布くんはどこか神妙な面持ちをしていた。言えなかった。
私は少しうろたえながらも、立ち上がって2人に挨拶とお礼をして2人の部屋を出たのだった。



―――――



「五色」

「ハイッ!」

「なんでお前さっき牛島さんの名前を出したんだ」


早速核心に触れる。なんだか嫌な予感がしたのだ。そしてその嫌な予感は当たっている可能性が高い。でもそれは確認してみないことには真偽は定かにならない。俺のそんな問い掛けに対して五色はきょとんとした顔をしてみせた。


「え、だって牛島さんって最上さんのこと好きじゃないですか」


…やっぱり当たっていた。最上を帰してよかった。こいつのことだからどのタイミングでどう地雷を踏んでくるか、俺にも予想がつかない。それにしても。



「それ牛島さん本人から、聞いたのか…?」

「イエ。でも見てれば分かるでしょうあんなの!」


なんということだ。誰よりも牛島さんを見てきたはずの俺でも、先日部室で決定的現場である“牛島さんど凹み事件”を目の当たりにするまでは気付かなかったのに。こいつは変なところでこういうカンが働く。あまり頭で考えるタイプではない奴の、直感的な意味での強さだろうか。どちらにしても


「お前本当むかつくな」

「な"っ!」


なんだか五色に負けた気がしてモヤモヤとした。



―――――


私は部屋のドアの前で途方に暮れていた。最悪なことに、まだ眠気は一向に襲ってきてくれていない。でもここにずっと立っているわけにもいかないし、それに白布くんからも事実見捨てられてしまった今、気軽に縋ることのできる相手もいない。
覚悟を決めてカードキーを差し込んだ。


「どうした最上」

「ひっ!?」


そこで、どういうわけかまた聞き慣れた重低音が背後から聞こえてきた。


「う、牛島さん、どうしたんですか?」

「監督に呼ばれた。国際大会の兼ね合いで春高までの練習試合の日程調整をしていた」


国際大会。そうか世界ユースであるこの人にとっては、大会はインターハイと春高だけじゃないんだ。改めてなんだか一人次元が違うなぁと思いつつ私は力無く遅くまでお疲れ様です、とだけ伝えた。


「そして今日はお前泣いていないんだな」

「今日は、大丈夫です」


再三になるけれど、牛島さんは人をからかったり皮肉を言ったりするような人じゃない。だから恐らく、恐れ多い話だけれど本気で心配してくれているんだと思う。それがかえって私の羞恥心を駆り立てた。
まさか連日でそんな情けない姿をさらすわけにはいかない。


「大丈夫な奴の顔色では無いと思うが」

「………。」


まず、牛島さんに人の顔色を窺うという概念があったことに驚愕した。それとあわせてじっと私を見下ろすその鋭い目付きの前では、私の誤魔化しなんて全く通用しないんじゃないかと感じた。


「牛島さん」


それならもう、いっそ変な意地なんか張る必要は無いんじゃないかと感じた。つまるところ逃げ場を失った私には、正確な状況判断能力なんてもはやつゆ程も残されていなかったのだ。


「一生のお願いがあります」

「なんだ」

「すみません…眠くなるまで、一緒にいてもらえませんか」


言ってしまった。私はなんて恐れ多いことを。恐らく牛島さんは面には出さないものの私なんかよりもずっとずっと疲れているはず。それに明日の予定だってハードだ。私は何を言っているんだろう。しかもよりによって牛島さんに。そろそろ私、牛島さんに怒られて然るべきなんじゃないだろうか。


「ああ、分かった」


えっ


「……え」

「?どうした」


即快諾。なんてことだ。私からお願いしたことにも関わらず、私は驚愕してしまった。牛島さんはそんな私を見て首を傾げていた。
牛島さんのキャパシティの広さは、計り知れない。私は“牛島さん実はめっちゃ優しい説”の確信へと至った。やっぱり牛島さんからは後光が見えた。
こんな完璧超人いるんだと唖然とした矢先に、私は牛島さんに促されて部屋のドアを開けた。不思議なことにもう恐怖心なんて微塵も残っていなかったのだった。


「最上」

「はい」

「早速だが、俺の背中に乗ってもらえないか」

「え」


部屋に入って、さぁどうやって時間を潰そうかと思っていた矢先に牛島さんからそんな依頼を受けた。牛島さんは床にうつ伏せになっていた。


「腕立てをする」

「………。」


本当になんなのこの人。

その後恐る恐る牛島さんの背中に横座りをすると、牛島さんは普通に腕立て伏せをしていた。“軽すぎる。それでは意味が無い。もっと肉を食え”とお叱りを頂いたくらいだ。その後腹筋やらスクワットやら一通り牛島さんの筋トレのカウント係に徹していると、次第に眠気が襲ってきた。羊を数えると眠くなるあの原理だろうか。
牛島さんの背筋が100回を超えようとしていたところで、私はとうとう意識を手放したのだった。

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