8.周章狼狽しめやかに
「…は」
「…え」
目を開いたのも状況を理解したのも、多分牛島さんと同じタイミングだったと思う。すぐ目の前にきょとんとした顔が見えたから、とっさに距離をとるために身体を起き上がらせようとしてみた。しかし背中にはがっしりとその固くて太い腕が回されていて、かなわなかった。なんだろうこれ。縄とかじゃなく綱とかで身体を固定されたらこんな感じなのかなと感じるほどに身動きができない。しかもどういうわけかその腕の熱がダイレクトに肌に伝わってきているような気も、する。
つまるところ私は、どういうわけか今牛島さんと同じベッドで寝ていた。しかも牛島さんの腕に身体を抱き締められるような形で。その上牛島さんの手は私のTシャツの下に潜り込んでいる。
「…異様に温かい抱き枕かと、思った」
牛島さんはぱちぱちと2度瞬きをした後に、寝起きのかすれ声でそんなことを言った。
うん。どうしてこうなった。
ふと朧気な記憶を遡ってみた。たしか昨夜はなんだか無性に寒かったような気がする。時期的にはもう夏の初め。普通であればそんなことがあるはずも無いのだけれど、そうかここは宮城じゃない。宮城であればこの時期ならまだ夜は冷房の類は必要ない。きっとこのホテルはもともとの空調の設定温度が低かったのだろう。掛け布団だって薄っぺらいし。
私は半分夢の中にいる状態で、空調を調節しようと起き上がった。しかし室内は真っ暗。寝ぼけているしリモコンの場所なんて分からなかったのだ。諦めてベッドに戻るとなんだか無性に温かくなっていたような気がした。不思議に思いつつも、その温かさがすごく心地良かったから抗うこともできずそのまままた眠りについたのだった。
恐らく、その戻ったベッドは牛島さんの寝ていたほうだったのだろう。
朝からさぁっと血の気が引いた。
「…!?」
牛島さんもようやくいろいろなことに気が付いたらしい。ひとまず私の背中に回っていた腕はすぐさま私の身体から離れた。
「…牛島さん、すみません」
「お前が謝るようなことでは、ない」
牛島さんの顔色は心無しか悪かった。たしかに自分の寝ているベッドに勝手に他人が入ってくるなんて、気分を害さないわけがない。私はまたやらかしてしまったらしい。
「…すみませんでした」
私はベッドの上で土下座をした。頭上からは“だから、謝るなと…言っているだろう”という、牛島さんにしては歯切れの悪い言葉が降ってきた。上体を起こして牛島さんの顔を確認すると、眉間に皺が寄っていた。こっわ。
―――――
「天童」
時刻は6:00。目覚ましの音と共にドアを執拗に叩く音が聞こえて目を覚ました。
隣りのベッドに獅音の姿は無かった。なんでも早朝小一時間散歩をすることが獅音の日課らしい。ご老人か。
そんな一人ツッコミを繰り広げていると、ドアのノック音の主が若利くんだということが分かった。俺は欠伸をして目をこすり、ゆっくりとドアのほうへと向かった。
「おはよー若利くん。この部、みんな早起きすぎー…」
「最上と同衾してしまった」
は
「どーきん…?」
起き抜けの働ききらない頭。若利くんの発した言葉の意味がすぐには分からなかった。というかいずれにしても若利くんの発した言葉は恐らく高校生が常用するようなものではない。
どーきん…どうきん…同……
「!?」
俺はとっさに若利くんの腕を引き、部屋の中へと入れた。このままだとさくらちゃんのいる隣りの部屋に聞こえかねない。眠気はもはやすっかり吹き飛んでしまっていた。
「状況を、詳しく」
獅音の寝ていたベッドに若利くんを座らせ、俺は自分のベッドに座り、改めて向き合った。どういうわけか俺も若利くんも正座。端から見たら凄くシュールな画だろう。
「朝起きたら最上と同じベッドに寝ていた」
「うん」
「俺は睡眠中はずっと最上の身体を、異様に温かくて硬めの抱き枕だと思っていた」
「うん」
「だから抱き締めていた」
「…うん」
「しかも俺は、最上の素肌に触れていた」
「…う、うん」
「なんというか、すべすべしていた」
「…も、もういいよ若利くん!!落ち着こ!?一旦セーブしよ!?」
若利くんの額からはだらだらと冷や汗が流れていた。顔色は心配してしまうほどに真っ青だ。ちなみに表情はいつも通り無表情だけど。
若利くんのこんな姿はいくら全国大会で厳しい状況に遭ったようなときでも見たことが無かった。
いやいやというか若利くん。キミちゃっかりさくらちゃんに何やってんのさ!?というかさくらちゃんも純粋な若利くん相手に何やってんの!?
…脳内で2人を問い詰め始めたところで、俺はいきなり冷静になった。
「若利くん」
「最上に嫌われてしまう」
「多分大丈夫でしょ」
「?」
「一応さくらちゃんには状況確認しとくから」
「…頼む」
なんだか見るからにしょんぼりとしている若利くんは、不思議なことにどこか小さく見えた。
というかまぁそもそも若利くんとさくらちゃんの場合、そんな状況になるとすれば何かの事故と考えて然るべきだった。
いや冷静に考えるとむしろ過ちの一つや二つ起こってくれたほうが、赤飯炊いてお祝いするレベルだと思う。
でも残念ながらあの二人が、獅音が言うところで“順番を間違えてくれる”わけが無いでしょ。
安心すると共に、なんだか至極残念な気持ちになった。
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