11.有りと無し


「!?」


勉強会終了後。既に電気の消えていた女子部屋へと、極力物音を立てないように戻った。
するとそこには、すやすやと寝息を立てている他校のマネージャーさんたちを尻目に、こちらに向かって土下座をしている梟谷バレー部マネージャー二人の姿があった。


「「御勤め、ご苦労様です!」」


そしてそんな彼女たちからは、小声でそんな挨拶がとんできたのだった。
なんというか、バレー部には本当に律儀な人が多いなぁと感じた。スポーツマンシップ、というやつだろうか。


「やめて!私も楽しかったから!」


一向に頭を上げようとしない彼女たちに向かってそう小声で叫びつつ、どういうわけか気を抜くと緩んでしまいそうになる口元を抑えた。


「え、魚見ちゃん何ニヤけてるの?木兎が衝撃的に面白いギャグでも炸裂させたの?」

「え、あの木兎が?マジ?」


そんな私の姿を不審に思ったのか、2人はどういうわけか木兎くんのギャグセンスのハードルをぶち上げにかかってきたのだった。訂正したほうがいいのだろうか。
しかして私はそれどころでは無かった。なんというか、自分が今物凄く浮足立っていることが分かった。調子に乗ってはいけないことは分かる。でも、それでも、どうしても思い出すと思わず叫び出したい衝動にすら駆られてしまうのだ。


「本当に、勿体なきお言葉・・・!!」

「「???」」


私は、先刻なんとあの赤葦くんから、あの超教育系のお母さまから、「本物の先生みたい」というなんとも有り難すぎるお言葉を賜ってしまったのだ。今の私にとってこれ程までに嬉しい言葉が、果たして他にあるだろうか。
もしかしたら社交辞令かもしれない。赤葦くんの性格を考えると、その可能性は十二分にある。それでも、仮に社交辞令だとしても、そんな言葉を頂けるだなんて夢にも思っていなかった。なんだか一気にいろいろと報われたような感覚だった。
このくらいで調子に乗ってはいけないことは、重々承知している。しかしどうしても指標で確認のし辛い「私自身の成長」という点において、今回のように恐らく私をあまり良くは思っていないであろう保護者の方からそんな言葉を頂けたことは、なかなか明確な進捗だと言えるのではないかと思う。
嬉しい。物凄く、嬉しい。


「明日は、もっと頑張る・・・!」


やっぱり私は恵まれている。だって木兎くんの成績が更に上がって、且つ赤葦くんに完全に認めてもらえるような「先生」になることができれば、私はきっと物凄く成長することができることだろう。
部活動等に全力で打ち込む機会なんて一切無かった私の高校生活のなかで、まさか最後の最後にこんな明確な目標ができようだなんて考えてもみなかった。私は赤葦くんに、なんとしてでも認めてもらう。これが今日この日、私が生きる上での現状最大の目標になったのだ。
なんだか俄然燃えてきた。明日は日中、もっともっと指導案を練ろう。よし。


「「・・・・・?」」


バレー部マネージャーの2人は、そんな決意をしながら両の拳をグッと握る私を見ながらひたすら首を傾げていたのだった。


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「・・・意識って、なんだ」


梟谷部屋に戻り、布団の中で改めて黒尾さんから言われた言葉を頭の中で反芻する。
隣の布団からは早くも大きないびきが聞こえてきているわけだけれども、そんなこと気にもならなかった。
「みずくさんが俺を意識している」ということは、結局どういう意味だったのだろう。先刻こそテンションが高まるあまり勝手解釈に至ったわけだけれども、冷静に考えるとさすがに都合が良すぎた。そもそも「意識」って、なんだ。
とりあえずスマホで「意識 とは」で検索をかけてみる。差し当たり出てきたのは「自分の今ある状態や、周囲の状況などを認識できている状態のことを指す」という説明文だった。
つまりこれを、「みずくさんが俺を意識している」という言葉と照らし合わせると、差し当たり「みずくさんは俺の存在を認識している」という形になる。いやそれ当たり前だろ。だって会話だって普通に成立しているし、みずくさんは俺の目を見て話をしてくれている。黒尾さんは何を言っているのだろう。
いや、もしかすると黒尾さんには、当初みずくさんが俺を認識していないように見えたのかもしれない。つまるところ、俺はみずくさんにとって空気、というような形に。所謂眼中に入っていない、という状況だ。
結局その仮定は黒尾さんがわざわざみずくさんに確認をしたことによって否定されたわけだけれども、それ以前に前提として、黒尾さんには少なくともそう見えていた、という事実がある。
俺は黒尾さんを胡散臭いとは思っているけれども、その観察眼や一種の審美眼に近いものには一応一目置いていたりもする。つまり、黒尾さんの人を見る目はなかなかあなどれない、ということだ。
そう考えると、黒尾さんが当初抱いていた「俺がみずくさんの眼中に入っていない」という仮定は、あながち勘違いとは言い切れなくなってきたりもする。むしろ可能性だけで言ったら、あの女神が気を遣って「いえ、私ちゃんと赤葦くんのこと認識しています」と社交辞令を言ってくれたと考えたほうがずっと信憑性も高い。


「・・・・・・・。」


なんだか、物凄くショックだ。
相手がみずくさん云々ということを置いておいても、ここ数か月間平日はほぼ毎日のように顔を見合わせていた人から、存在を認識されていなかっただなんて。俺は、もしかして影が薄いのだろうか。いや、少なくとも濃いほうでは無いかもしれないけれど。
要するに、ここ最近の決死のアプローチも虚しく、まさかの進捗が全く無いという現状。
どういうわけか、胸のあたりにふつふつと何かが燃え始めるような感覚に苛まれたのだった。


「・・・明日から、本気出す」


いくら女神とは言えど、やはり結局は人間。人間である限りは、みずくさんにだって恋愛感情も僅かくらいはあるはずだ。

よし。それなら俺はもう、容赦しませんから。
覚悟して下さい、みずくさん。

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