8合宿参加と嫌な予感


「ヒィッ!?」


突如眼前に迫り来る豪速球。元来運動が不得手な私がそんなものを避けられるはずも無い。しかして所詮は人間の打った球。せめて腕に当たればダメージも防ぐことができるだろうと、咄嗟に顔を腕で隠した。そもそもこれを腕で受けている人間は現状この体育館内にもたくさんいるわけで。
そんなかんじで少し冷静になりながら、目を瞑りそのときを待った。すると直後、バチィッ!というなんとも痛々しい音が響いたのだった。でもおかしなことに、一向に痛みは襲ってこない。


「ここは危ないですから、あっちに行きましょう?」


目を開くとそこには、いつも通りに気怠げな表情をした赤葦くんが立っていたのだった。その表情は呆れているようにすら見える。


「あ、ありがとうございます…!」


目を瞑っていたから状況はよく分からないけれども、恐らく赤葦くんは今程、私に向かって飛んできた流れ球を手で弾いてくれたのだろう。なんということだ。早速迷惑を掛けてしまった。


「みずくさんに怪我をさせるわけには、いきませんから」

「ご、ごめんなさい…」


要するに“どんくさいならどんくさいで居場所と身の振り方を考えろ”ということだろうか。兎にも角にも私は今、完全にこの空間では邪魔な存在だ。なんだか血の気が引いた。その間にも体育館内には至るところから床にボールの打ち付けられる音が響いていた。


「でも折角の機会なので、木兎さんの勇姿も見てあげて下さいね」


…つまるところ、あれだろうか。“大活躍中のうちの子の、少しでも邪魔になろうものならお前即刻クビな”的な圧力なのだろうか。いやさすがにこれは考えすぎだろうか。もしも素直に“うちの子自慢”だったら、いっそ食い気味にいかないと失礼に値するんじゃないだろうか。相変わらず、正解が見つからない。


「わ、分かりました…!」

「?」


私はひとまず偶々居合わせていた鷲尾くんの背中に隠れながらそう返事をしたのだった。



―――――――


梟谷学園グループ 合同夏合宿。
俺は去年も参加してはいたものの、まさか今回こんな心持ちで臨むことになろうとは思ってもみなかった。
まさかの、女神同行。頭が上がらないとはまさにこういうことを言うのだろう。みずくさんは夏休み早々にも関わらず、嫌な顔一つせず、ただ木兎さんの補習の講師をするためだけにこの場に居合わせてくれている。
しかしさすがに、免許取り立ての彼女にそんな毎日長距離運転をさせるわけにもいかなかった。だから彼女は、結局合宿の全日程に参加してくれることとなったのだ。当然のように笑顔で木兎さんに合宿参加費を支払うみずくさんの姿には後光が見えたし、『私部活やってなかったからむしろこういうのに参加できて嬉しいなぁ』なんて雀田さんと白福さんに対してはしゃぎ気味に言う彼女の姿にはもはや崇拝の域だった。雀田さんは目に涙を浮かべていたし、白福さんは持参のお菓子でみずくさんを埋めていた。彼女はどこまで徳を重ねれば気が済むのだろうか。
せめてもの礼として、俺は合宿中、みずくさんを全力で守ろうと心に決めた。
そのうちの一つは無論流れ球から。そして、


「あれ、赤葦ィ。梟谷、またマネちゃん増えたの?」

「違います黒尾さん。彼女はただの女神です。」

「女神?」

「話し掛けたら絶対に許しませんよ」

「なんで!?」


そう。この合宿には当然ながら他校生も参加しているわけで。その中には黒尾さんのようにいかにも泣かせた女は数知れず、的な雰囲気を放つ輩も存在している。黒尾さんに対してのそれは俺の勝手なイメージに過ぎないけれども。
なんとしてもみずくさんに悪い虫が近付かないようにする。それは俺にとってのこの合宿中最大と言っていい程の重要任務だ。


「鏡見れば分かりますよ、黒尾さん」


そんなことを言って見ると、黒尾さんは一瞬きょとんとした後にニタリと笑ったのだった。物凄く嫌な予感がした。


「え、なになに赤葦クン。もしかしてキミ、あの子にお熱なのカナ?」


うわ、めんどくさい。思わずニタニタ笑う黒尾さんの顔面をぶん殴りたくなってしまった。
なかなか解答に困る質問だ。相手が黒尾さんの場合、肯定をしてみたところで面倒だしかと言って否定をしてみたところでやっぱり面倒だ。
そして視界の隅では分かり易く木兎さんがソワソワしながらこちらをチラッチラと見ている。さて、どうしたものか。


「…そうですよ。だから近付かないで下さいね。」


結局、俺は肯定するほうを選んだ。別に嘘でもないし。彼女に対する崇拝ベクトルの熱ならもう有り余る程に抱いている。
すると案の定、黒尾さんの不敵な笑みは度を増したのだった。


「なぁなぁ赤葦!」

「なんですか木兎さん」


そして木兎さんは、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて会話に入ってきたのだった。


「お前、この合宿中に告れよ!」


何言ってんだこの不戦敗野郎が。反射的にそんな暴言も口をついて出てきそうになった。
何故張本人がこんなに脳天気なんだ。なんだか理不尽すぎないだろうか。
…いや、一番理不尽な目に遭っているのはみずくさんに他ならない。だから俺がこんなことを思っていてはダメだ。


「…まぁ、距離を少しでも縮められれば御の字ですよね」


でも実際、それもそうなのかもしれない。昼夜問わず一緒の空間にいることができるなんて、みずくさんを落とそうと目論んでいる俺にとってもある意味ではチャンスなのだろう。
まぁそんなにがっつくつもりは微塵も無いけれども。
しかして木兎さんと黒尾さんが俺の発言を受け、二人同時にニタァッと微笑んだ。
再び嫌な予感がしたのだった。


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