9.プリン頭と寝癖頭
「……………。」
「……………。」
背後から、ピコピコ音が聞こえてくる。
体育館内でボケッとしていたら赤葦くんの目が怖いし、かと言ってマネージャー業務を手伝おうとすると雀田ちゃんと白福ちゃんが物凄い表情で遠慮してくる。かえって気を遣わせてしまうなら変に出しゃばらないほうがいいのだろう。私ただでさえはマネージャー業務はおろかバレーについての知識も乏しい。
だから私はとにかく手持ち無沙汰だった。ひとまず外に出て、木陰に入って座ってみた。するとどうも木を挟んで反対側に、先客がいたようだ。そおっと覗いてみると、そこでは髪の毛プリン状態の男の子がなんとも気怠げな顔をしながら携帯ゲーム機をいじっていたのだった。
「………誰」
「……えっ」
そしてその男の子は、画面を見たままぼそりとそんなことを呟いたのだった。これまた返事に困る質問だ。果たして名前を聞かれているのだろうか、はたまたこの合宿内では異質であろう私の素性を聞かれているのか。というかそもそもそれは果たして私に対する問い掛けなのか。
「…木兎光太郎くんの、家庭教師です…?」
迷った挙げ句、素性を言うことにした。しかして私の素性がこれで正しいのかは分からないけれども。
「……大変だね」
「え、あ、別に…?」
「……………。」
「………?」
その子は特に“家庭教師ってなんだよ”等のツッコミを入れてくれるわけでもなく、そのまま会話は終了してしまった。なんというか、不思議な子だなぁと思った。とりあえず、なんだか間も保たなかったし構ってくれるなオーラも凄まじかったからその場を離れることにしたのだった。
「ねぇ」
「?」
かと言って行き場も無いので体育館の入り口へと戻ると、そこでまた一人の男の子に声を掛けられたのだった。たしかこの子は、音駒の主将さんだ。今朝各校主将が挨拶をしていたとき、あまりにも髪型がアグレッシブだったから物凄く印象に残っている。
「プリン頭で、なんか気怠げな顔したゲームが好きそうな奴、見ませんでした?」
その人は爽やかに微笑みながらそんなことを聞いてきたのだった。意外と礼儀正しい人なのだろうか。人は髪型によらない。
「あ、あの木の陰にその人らしき人はいました」
そしてその人が告げた特徴にドンピシャで当てはまる人物とは、たった今鉢合わせしてきたばかりだった。
「お、まじか。いやぁアリガトウゴザイマス」
「?」
恐らくこの人はその子を探していたのだろうに、一向にその子のもとに向かう気配は無い。不思議に思いながらその人の顔を見上げるも、その人はニコニコと微笑むばかりだった。
「それでキミ、赤葦くんのコトはどう思ってるのかな?」
「え?」
一瞬思考が停止した。さすがに脈絡が無いにも程があるだろう。
何故いきなり赤葦くんの名前がこの人の口から出てきて、更にそんな私にとってはなかなか際どい質問をぶつけられたのだろう。よく状況が理解できずに固まっていると、その人は今度はニタァ…と笑ったのだった。
「え、もしかして意識しちゃってる系?赤葦くんのこと意識しちゃってるんですかぁ?」
そして何故私は、初対面の人にニヤニヤ笑いを向けられながらからかわれている?のだろう。疑問は尽きない。
「意識してます」
でもこれは別に否定の余地も無い内容だ。よくよく考えてみると、私は赤葦くんが近くにいるといつも彼の顔色を窺っている気がする。そりゃあやっぱり小学校教諭志望として、PTAの存在は意識せずにはいられないだろう。
「えっ…あ、ソウデスカ…」
「?」
すると音駒の主将さんは、一瞬きょとんとした後になんだか少し気まずそうな顔をしていた。なんだなんだ、私はまた、何かおかしな発言をしてしまったのだろうか。
「みずくさん」
「!」
「うわ、出た」
そんなこんなで音駒の主将さんとの間に変な空気が漂い始めたとき、どこからともなく赤葦くんが現れたのだった。そして音駒の主将さんは私の心境を代弁してくれた。
なんだか一気に身体に緊張感が走ったのだった。
「よかった…探しましたよ」
「え、あ、すみません…」
なんということだ。私はなんと、赤葦くんに探されていたらしい。これはとんだ大失態じゃないだろうか。さぁっと血の気が引いていった。
「この人に、何か変なことされたり言われたりしませんでした?」
「え、い、いや、特には…」
「…それならいいんですけれど」
そして赤葦くんは、お得意のジト目を音駒の主将さんに一度向けたのだった。
こっわ。赤葦くんこっわ。なんだかよく分からないけれど、赤葦くんとこの人はあまり仲良くないのだろうか。やっぱり合同合宿をやるような間柄でも、ライバル校であることには変わりない、ということなのだろうか。
あ、もしかして赤葦くんは、私から他校へのなんらかの情報流出なんかを気にしているんじゃないだろうか。たしかにそこは私も盲点だった。そんなに大した情報なんて持ってはいないけれども、私はバレーには疎いわけだからどんなものが“大した情報”になるのかも完璧に判断ができるわけではない。
だとしたら、私はより注意して行動をとるべきかもしれない。少なくとも、赤葦くんに要らぬ気苦労をかけさせてしまったら後が怖いということだけは確かだ。
「…みずくさん。この人は危険なのであまり近づかないで下さい」
「危険て」
「はい、分かりました」
「なんかこの子分かっちゃったし」
些か他校の主将に対して失礼極まりない対応だったかもしれない。けれども、赤葦くんがしっかりと頷いてくれていたから、私の対応はきっと正しかったのだと判断することにしたのだった。
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