・所謂吊橋効果的な(req)
「うん、絶対おかしい」
「なにが?」
部誌を記入していると、天童くんが至極不機嫌そうな声でそんなことを呟いたのだった。何故頭の良い人は逐一目的語を省きたがるのだろうか。まあ少なくとも天童くんの場合は、掘り下げて聞いて欲しいからこそ敢えてそんな言い方をするのだろうけれども。
「#NAME1#ちゃん、絶対俺より若利くんとか工のほうが好きだよね」
「・・・何を以てしてそんな」
「若利くんと工に対しては、特に甲斐甲斐しい気がする。え、何もしかして#NAME1#ちゃんエースキラーなの?えこひいきだえこひいき!」
顔を上げて天童くんの表情を確認すると、天童くんは目を細めながら口を尖らせていた。「僕今拗ねてますよ」というアピールがひしひしと伝わってくるような、そんな表情だ。何故か天童くんがそれをすると乾いた笑いしか出てこない。
とりあえず、勝手に人にちょっとカッコいい代名詞を付けるのはやめてほしい。しかして実際のところ仮に若利くんがそんな表情をしたとすると、私はきっと全力で食い気味にフォローをするのだろう。五色くんについても、恐らく私は反射的にお菓子をあげてしまう。そう考えると、自分の中に若利くんと五色くんに対する少なからずの贔屓目があることも否めない。いや、それ贔屓目というか、
「若利くんと五色くんって、放っておくとなんだか取り返しのつかないことやらかしそうなんだもの」
二人とも、言ってしまえば無意識に且つ悪意の欠片も無くとんでもないことをやらかしてしまうタイプだ。人よりも能力が優れている癖に、良くも悪くも自分中心に世界が回っている。仮にあの二人の言動を放置したとすると、ただでさえスパルタと名高い白鳥沢バレー部の練習内容はいっそ死人が続出するようなレベルまで至ってしまうのだろう。あの二人にストップ高という概念は存在しない。
そうでなくても、なんだかいちいち見ていて危うい。どう頑張れば毎回コースが同じはずのロードワークにおいて頻繁に道に迷うことができると言うのだろう。
「『取返しのつかないことしそう』って分野に関しては、俺だって負けてないと思うよ!」
「やめてキミの場合はシャレにならない」
「そうだよ!いざとなったら未成年の立場を存分に利用して法律の限界にまで挑むよ!」
「うわぁ本当にシャレに聞こえないんだけど」
天童くんはどこか誇らしげにそんなとんでもないことを言ってのけたのだった。たしかに性質の悪さで言ったら、天童くんのほうがずっとずっと危険度が高い。この子の場合、仮に何をやらかしたところで私はハッキリと「あの人、いつかやると思っていたんです」と言い切れると思う。
「だからもっともっと俺にかまってよ#NAME1#ちゃん!」
「それもはや脅しだよね天童くん。だからて」
「#NAME1#ちゃんは『俺の』カノジョでしょ?」
天童くんは大層不機嫌そうな顔をしながら私を指さしたのだった。
ああ、私は何故この子と付き合っているのだろうか。最近ふとそんな素朴な疑問に直面する機会も増えたような気がする。まぁそれを口に出したら、それこそ天童くんから何をされるか分かったもんじゃないから絶対に言えないことではあるのだけれども。
「ぶっちゃけ#NAME1#ちゃんは俺と若利くんと工、誰が一番好きなの?」
「キミは私の彼女か」
「彼氏ですぅー!」
ああ、凄まじくめんどくさい。
普通に天童くんだと答えたところで、恐らく天童くんはニヤニヤしながら「じゃあ俺のどこが好きー?」とか延々と生産性の無い質問を私にぶつけてくるのだろう。でもかと言って、若利くんや五色くんの名前を挙げるなんて言語道断。若利くんは兎も角、五色くんがどんな目に遭わされるのか分かったもんじゃない。いやそれ以上に私の身がヤバい。
「・・・長男にしたいのが若利くんで、次男にしたいのが五色くん」
「俺は?」
「・・・・・隣の家の兄ちゃん」
いろいろと考えたところで答えなんて出るはずも無かったから、とりあえずは自分の中のイメージをそのまま口に出してみた。少なくとも天童くんに対しては旦那様、というイメージは毛頭持つことはできなかった。
これ、社交辞令でもそう言っておくべくだっただろうか。しくじったかもしれない。額に少し冷や汗が滲んだ。
「いいね、それ」
「?」
恐る恐る盗み見た天童くんの表情は、私の予想に反してどこか満足気味だった。
自分で言っておいてなんだけれども、わけが分からない。「隣の家の兄ちゃん」という立ち位置の果たしてどこに喜ぶ要素があるのだろうか。
「要はあれでしょ?旦那さんがいないときに、俺らまぐわうんでしょ?」
「は」
「#NAME1#ちゃんが『いけません、私には主人と二人の息子が・・・』とか言いながら身体は正直になっちゃうパターンでしょ?」
「あの、勝手に人のイメージを昼メロドラマに塗り替えないで頂けますか」
「じゃあ今からその予行練習しようよ」
「本番とか無いんで結構です」
咄嗟に身の危険を感じて立ち上がる。いやさすがに、この神聖な部室でそんなことに及ぶなんて常識的に考えてあり得ないのだけれども、常識が通用しないのがこの天童覚という人間だ。
「『天童くんが一番イイっ・・・!』っていつものように言わせてあげるから」
「そんなん言ったことないわ!それに一番も何も・・・」
言いかけて口を噤んだ。ああこれ、完全に失言だ。天童くんは一瞬きょとんとした後にニタァとゲスの代名詞みたいな笑顔を浮かべたのだった。
やばい、一瞬であっちのペースに乗せられた。
「そっかぁ・・・そう言えば#NAME1#ちゃん、俺しか知らなかったもんねぇ」
「やめて下さいこのゲス野郎」
「若利くんと工は知らないんだもんねぇ」
「うちの息子二人を汚れた目で見ないで頂けます?」
言いながらとりあえず逃げようとドアに向かって走ってみるも、当然の如くあっという間に私の腕は天童くんに捉えられてしまったのだった。
てが、ながい。
「顔が赤いですよ、奥さん?」
「・・・・・・!」
あ、これもしかしたら何気に天童くんったら私の「隣の兄ちゃん」発言にブチ切れているのかもしれない。天童くんは怖いくらいに根に持つタイプだ。
「いいじゃんたまには。アブノーマルな方向で、傷心の俺を慰めてよん」
「そんな方向知りません!」
本当に、なんで私はこんな子と付き合っているのだろう。
ともすれば深層心理で、天童くんの言うところのアブノーマルさを求めているのだろうか。いや、そんな自分嫌だ。嫌すぎる。それでもどういうわけか、こうして超至近距離に天童くんがいると否応なしに心臓はばくばくと大袈裟に鳴り始め、顔に熱が一気に集まってしまうのだ。
「身体は、正直デスネ☆」
「とりあえずそのキャラやめて!!」
そして今日も結局のところは、天童くんのペースに流されてしまう。
無いと信じたいのだけれども、もしかしてこれ、全部天童くんの計算のうちなんじゃないだろうか。天童くんの場合、強ち有り得ない話でも無い。
そんなことよりも、どうやってこの状況を収束させようか。いや、分かっている。天童くんの言葉を借りると、こういう思考に陥った時点で、私は既に負けているのだと。
いや、そもそも天童くんに惚れてしまった時点で、私の負けは恒常的なものとなってしまったのかもしれないけれども。
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テーマ:恋人に嫉妬する天童くん