・ゲスの怪物攻略法(req)
ゲス・モンスター。
あの人は、他校の人間からそう呼ばれているらしい。最初にそれを聞いたときには、そう名付けた人物のあまりのハイセンスぶりに思わず吹き出しそうになってしまった。「ゲス」の部分はもちろんのこと、「モンスター」の部分も、あまりにもあの人に似合い過ぎている表現だと思う。
基本的に何を考えているか分からなくて、何をやらかしてくるか検討も付かなくて、敵には絶対に回したくないような。天童さんは身内の自分から見ても、そんな人物だったりする。
正直、始めは牛島さんとはまた違った近寄り難さを抱いていた。極力関わりたくない、とまでは言わないけれども、少なくとも「関わったらただでは済まない」という、漠然とした勘が働いていたのだと思う。
「#NAME1#ちゃーん!!」
「うわぁっ!?」
そして、その人が「先輩」になってから丸1年が経過した今。私はよりにもよってその人から目を付けられてしまったみたいだった。
水道で試合用のスクイズボトルを洗っていたら、休憩中であろうその人からどういうわけか背後から抱きしめられたのだった。
「今日も健気に頑張ってるねー!偉い偉い♪」
「天童さん!放してください!!」
「なんでー?」
「ボトルが洗えません・・・!」
心臓が、いろんな意味でばくばくと高鳴っていた。一体全体どうしたというのだろう。
「うん。俺が言うのもなんだけど、#NAME1#ちゃんはボトル以前にもっと気にするべきところがあると思うよん」
「ど、どこにですか!」
「それじゃあまるで、俺に抱きしめられてること事態は悪いことじゃない、って言ってるようなものだよ?」
「なっ・・・!!」
心臓が、一層大きくどくんと跳ねた。同時に一瞬で顔に熱が集まったような感覚に陥った。思わず手に持っていたボトルさえも流し台に落としてしまったくらいで、これではまるでそれを肯定してしまっているようなものじゃないかと、一層焦りが募るばかりだった。
「かーわーいーいー」
「本当、勘弁して下さい・・・!!」
「否定はしないんだ?」
「えっ、なっ、えっ!?」
仮に私に他意が全く無かったとしても、この部において天童さんからそんな行為を受けて「嫌です」とはっきりと言うことのできる人間が果たしているのだろうか。そんなの、川西くんと白布くんくらいじゃないだろうか。あ、五色くんも言うか。
・・・意外とたくさんいたけれども、少なくとも私には無理だった。
「#NAME1#ちゃんって、本当俺のこと大好きだよネ」
「な、何を言って・・・!!」
耳元から、そんな言葉が聞こえてきた。全身に何かがぞわりと這ったような感覚だった。
というかこの人、休憩中とは言え練習中に一体何をやらかしてくれているのだろうか。牛島さんに言いつけてやろうか。いや、言いつけたところできっと牛島さんはきょとんとしながら「そうか」と呟くだけだろう。かと言って監督や獅音さんに言いつけたらそれはそれで後が怖い。
「あーでも癒された!ありがとねん♪」
「・・・!!」
そして天童さんは、私を解放するや否や体育館の中へと戻って行ったのだった。
結局何がしたかったのだろう、あの人は。まぁ、相手がよりにもよっての天童さんなのだから、私が彼の行動の理由を考えたところで答えに辿り着ける可能性なんて一切無かったりするのだろうけれども。
思えば天童さんはいつもこうだ。毎日のように何かと絡まれては、いちいち心臓に悪い言動を私にぶつけてくる。しかも厄介なことに、これと言って具体的な実害も無いものだから、対処のしようも無い。本当に、上手な人だと思う。
それにしても、心臓が相変わらず五月蠅い。最近はこんな誤作動が増えたような気がする。先ほどの天童さんの言葉にも妙に反応していたし、きっと私の心臓は何か勘違いをしているのだろう。そんなこと、あるはずが無いじゃないか。だってなんと言っても相手はあの、ゲス・モンスターなのだから。
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「?何してるのー?こんな遅くまでー?」
「!?」
練習終了後。器具庫の中で明日の買い出しに向けた物品確認をしていると、背後から例のその人の声が聞こえたのだった。反射的に身体がびくりと跳ねたのだった。
「こんな時間にこんなところで女の子が一人って、キケンだよ?」
「き、危険・・・?」
危険も何も、セキュリティも鬱陶しいくらいに整ったこの白鳥沢の体育館内で、何を言っているのだろう。恐る恐る振り返ると、天童さんはいつものようにケロッとした顔をしていたのだった。
「そ。怖い人は案外物凄く近くにいたりするからねん」
「・・・・・・。」
今の私にとっては、あなた以上にいろんな意味で怖い人はいなかったりするんですけれども。そんなことを思えど、それを口に出すことなんてできるわけもなく。だから適当に苦笑いを浮かべることしかできなかったのだった。
「頑張るのはいいけど、先輩に変な心配かけさせないでよねー」
そして天童さんはへらりと笑うと、私の頭の上にぽんと頭を置いたのだった。
うわ、また来たよ誤作動。いたたまれなくなり、思わず目を逸らした。人間の感情の機微に対して人よりもずっと目敏い天童さんの前でこんな反応をしてしまうだなんて、不覚にも程がある。絶対にからかわれるに決まっている。
「え、もしかして#NAME1#ちゃんときめいちゃったの?え、ときめいちゃったの?」
ほらね!
天童さんはニンマリと笑いながら、至極楽しそうにそんなことを言って見せたのだった。
とは言え、天童さんのそんなふざけた発言に少しだけ救われた自分もいた。天童さんの場合はこれがあるから、こちらも一旦冷静になれるのだ。
しかし冷静になったところで果たして、という話ではあるのだけれども。
「ねぇってばー!」
気を取り直し、天童さんに背を向けて続きを始める。するとしばらく天童さんは背後で何かをわめいたいたわけだけれども、その後「ちぇっ」という一言の後に、どさりと何かが床に置かれるような音がしたのだった。
「・・・帰らないんですか?」
振り返ると、床にエナメルバッグを置いた天童さんが、マットの上に腰掛けたところだった。
「こんなことが無ければ、#NAME1#ちゃんと一緒に帰れる機会なんてそうそう無いからねー」
そしてまた飛び出したのは、そんな軽口だったのだ。え、私、もしかしなくても天童さんと一緒に帰るの?
「・・・お気遣いなく。お疲れでしょうから先に帰って下さい」
「なんでいきなりよそよそしいのー?俺と#NAME1#ちゃんの仲デショ?」
天童さんと私の仲、って。あくまで先輩と後輩でしか無いと思うのだけれども。
でもそれにしたって、それはさすがに勘弁してほしい。なんと言っても間がもたない。そしてどういうわけか心臓だってもってくれる自信が無かったりするのだ。
「いえ、大丈夫ですので」
「でも#NAME1#ちゃんだって、俺と一緒にいれるの嬉しいでしょ?」
「は」
思わず持っていたサージカルテープを床に落としてしまったのだった。私は何をやっているんだろう。これじゃあまるで、図星です、と言っているようなものじゃないか。
そおっと天童さんの様子を窺うと、彼はこれまた楽しそうにニヤニヤと笑っていたのだった。
なんだか、目に涙が浮かんできたのだった。
「え、何焦ってるの?本当かわいいんだけど!」
天童さんは、口元を抑えて「プークスクス」と言わんばかりにニヤケていた。先輩とは言えど、反射的にその顔をぶん殴りたい衝動に駆られてしまったのだった。
そしてその一方で、本格的に泣き出したくもなりつつあった。本当に、なんなんだろうこの人は。
「天童さん!そういうの本当やめて下さい!!」
「え、何いきなり怒ってるの#NAME1#ちゃん?ってか#NAME1#ちゃんって怒っても怖くないね」
羞恥心とか、ショックとか。そういうものを通り過ぎると人間は怒りに至るのだということを身を以て実感したのだった。怖くない、とは言われてしまったけれども、いい加減ここで何かを言い返さないことには本格的に私の心臓がやばいことになりそうな気がしたのだ。
これは一種の自己防衛なのだろうか。
「私が、本気で天童さんを好きになっちゃったら、どう責任とってくれるんですか!!?」
そして怒りにより冷静さを完全に失っていたらしい私は、自分でも意図することなくそんなことを叫んでいたのだった。
それによりすっきりしたせいだろうか。身体や脳を冒していた熱が、一気に引いていく感覚に陥った。と、同時に、更に身体はさあっと冷めていったのだ。血の気が引く、とはこんなことを言うのだろうか。
天童さんはと言うと、口を開けたままぽかんと固まっていた。絶対にからかわれる。爆笑される。そう考えると引いたはずの涙すらまた浮かんできたのだった。
「・・・#NAME1#、ちゃん」
「な、なんですか!?」
すると、天童さんはわなわなと震え出したのだった。きっと爆笑の前振りなのだろう。そう考えると、やっぱり少し冷静になれたから不思議だった。
「#NAME1#ちゃんさ、いきなりそういうこと言うのやめてくれないかな!!?本当心臓に悪いんだけど!!!」
「えっ」
「反則だから!!それ、反則だから!!反則ってあれだよ!?負けなんだからね!!」
「へっ」
ところがどっこい。
天童さんは顔を真っ赤にしながらそんなよく分からないことを喚き始めたのだった。あまりにも予想外すぎるそんな反応に、思わずこちらもぽかんとせざるを得なかった。
「分かった!?反則はダメだよ!?頼むよ!?」
「え、っと」
でも冷静になって考えてみると、それは果たして天童さんが言えたことなのだろうか。基本的に反則すれすれを信条としているような人じゃなかっただろうか。存在が。
なんだかいろいろとツッコミどころが満載すぎる。
「それで、責任の件については・・・?」
とりあえず、返す言葉が見当たらなかったから、自分なりにお茶を濁すつもりでそんなこと呟いてみたのだった。
「いい加減にしてよ!!!」
天童さんの目には、いっそ涙すら浮かんでいた。
なんというか、あのゲス・モンスターに対して妙な親近感を抱いてしまうという、俄かに信じがたい状況に陥ってしまったのだった。
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