・そして全力で感謝を唱える(req)
誰かに対して「得体の知れない恐怖」を抱く。それはあまりにも失礼すぎることだと思うのだ。だってこれといった明確な実害は無い状況故に、そんなイメージの根拠はと聞かれるとあくまで自分の想像だとしか答えられないのだから。
そんな罪悪感が前提としてあるということについては、しっかりと自分自身を認めてあげたい。それが免罪符のような役割を果たしてくれるかは定かでないけれども。
「俺は、#NAME1#ちゃんが好きだよ?」
練習開始直前。窓から西日が差し込む部室内にて。その人はいつもとなんら変わらないテンションで、声色で、そんなことを呟いたのだった。私は思わず持っていたスクイズボトルを床に落としてしまったのだった。
兼ねてから苦手だったその目は、今日も今日とて笑っていない。そしてそれは真っ直ぐと私の目を見ているはずなのに、どういうわけか何を見ているかが分からないのだ。まるで脳内を覗き込まれているような、そんな有りもしない感覚に陥ってしまう。あ、まただ。この、今すぐに逃げ出したくなるようなどうしようもない恐怖感。あくまで天童さんは「いつも通り」でしかないのに。これは恐らく、この人に限ってはそんな「有りもしない」ことが、必ずしもそうと言い切れないが故の畏怖に近いものなのだろう。
「また、瞬きと呼吸、忘れてるよん」
思わずその姿に、雰囲気に、見入ってしまった。皮肉にも張本人のそんな言葉に我に返らされ、急いでこちらも「通常通り」を取り繕う。そんな行動に今更なんの意味があるのかは分からないけれども。
「本当、#NAME1#ちゃんって可愛いよネ」
そして天童さんは、ケタケタと至極楽しそうに笑いながら部室を後にしたのだった。ようやくその視線から解放された安心感からか、私は思わずその場にへたり込んでしまったのだった。
「・・・天童さん、最高っ・・・!」
完全に私事になるけれども、私は大のオカルト好きだったりする。いやオカルト好きというよりかは、恐怖心を煽られることに一種の快感を抱くような、そんな人種だと言ったほうが分かりやすいだろう。ちなみに痛いのは普通に嫌だからマゾヒストではない。
しかしてそんな私が、あのどこか妖怪じみた先輩と対面した日にゃ、どうなってしまうかなんて想像に易いだろう。顔も、息も、物凄く熱い。全身がゾクゾクする。
普段は部内のムードメーカ的役割も担うほどにひょうきんで愛嬌もあるにも関わらず、ふとした拍子に見せる、あのなんとも言えない全てに冷め切ったような表情。底知れない不気味さ。並の高校生であればまず、願っても纏うことのできないような雰囲気を、天童さんは惜し気もなく醸し出している。要するに、私にとっては天童さんの全てがツボなのだ。天童さんの本領が如何なく発揮される場面において、対戦校の選手として彼と対峙することができないことを心の底から悔やむくらいには。
「なにしてんの、#NAME2#・・・」
ふと我に返ると、至極冷めた目をした白布くんが私を見下ろしていた。床に座り込みながら恍惚の表情を浮かべる私の姿は、恐らく彼の目には物凄く異様なものに見えたことだろう。
「天童さんと、話した・・・!」
「あ、そう」
白布くんは一切の興味が無い、と言わんばかりに自分のロッカーへとスタスタと向かって行ったのだった。
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それにしても、興奮のあまりすっかりと流してしまっていたけれども、よくよく考えたら私は先刻、天童さんから「好き」というなんとも恐れ多いお言葉を頂いてしまわなかっただろうか。正直それは非常に嬉しいことだったりする。一方で、嫌ってくれていたほうがなんだかかえって天童さんの真骨頂を拝むことができそうでもあり、そこはジレンマでもあるのだけれども。
兎にも角にも、その真意が気にならないわけではない。いやいっそ、物凄く気になる。
そんなことを考えながら、練習終了後に部室にて部誌を書いていると、まさにその渦中の人物が牛島さんと一緒に部室へと戻ってきたのだった。
「お疲れ様です」
「・・・ご苦労」
「お疲れさま〜」
ちらりと盗み見た天童さんの表情は、先刻の表情なんて信じられないくらいに明るいものだった。天童さんは、牛島さんと一緒にいるときは比較的常にそちらのモードでいるように思う。その理由は分からないけれども、ともかくそのギャップがまた堪らなかったりもするのだ。
ちなみに私は、天童さん本人の前ではそんな性癖?をひた隠しにしている。だってもしもバレてしまったらもうそんな表情を見せてくれないような、恐怖心を抱かせてくれなくなるような、漠然とした確信があるのだ。
「あれ、スプレー切れてる」
「?」
天童さんのそんな呟きを受けて、反射的にそちらのほうを向いた。するとそこには、棚からコールドスプレーを取り出し、首を傾げる天童さんの姿があったのだった。
もしかして天童さん、足でも捻ったのだろうか。だとしたらこれは由々しき事態だ。天童さんの魅力とは、その心身の健康があってこそのもの。
「すみません、気付きませんでした。すぐに用具庫のストック持ってきます!」
私はそう告げると、すぐさま体育館に向かって走り出したのだった。
それにしても、部室内のストックは週2回の頻度で定期的に確認していたはず。それにあのスプレーについては、丁度昨日別の部員の使用中に切れてしまって補充をかけたばかりだったような記憶がある。まぁ大方、今日も誰かが使用したのだろう。なんと言ってもこの部は部員数も多い。
そんなことを考えながら真っ暗な体育館の中を駆け、用具庫へと入ったのだった。
夜の体育館。これはこれでなかなかのスリルがあって好きだ。でも暗闇の中では目当ての物を探すに探せないため、私は渋々電気を点けたのだった。
「うわっ!!?」
「おつかれ♪」
すると、なんということだろう。俄かに信じがたいことに、私の真後ろには天童さんが立っていたのだった。ニヤニヤ笑いを浮かべながら。もしかして道中、天童さんはずっと私の後ろを走っていたのだろうか。全然気付かなかった。心臓がばくばくと鳴っている。
私は思わず「さっすが天童さん!!」と叫び出したい衝動に駆られたのだった。同時に思わず口元が緩んでしまいそうだった。
「ごめんね#NAME1#ちゃん。スプレー切れてたの、ウソ☆」
「えっ」
天童さんはにっこりと笑いながら、手に持っていたスプレーを振った。そこからは微かにシャリシャリという中の液体が揺れる音が聞こえてきたのだった。
それはそれで良いのだけれども、天童さんが何故そんな生産性も無い嘘を吐いた、ということについては皆目見当が付かなかった。とりあえず私は小首を傾げてみたのだった。
「俺さ、ちょっと#NAME1#ちゃんとお話がしたかったんだよね」
「お話?」
「そ。二人っきりで、ね」
背中にぞくりという感覚が走った。天童さんは先ほどまでのへらへら笑いから一転して、それこそ私の大好きな表情をつくってくれたのだった。
全身の血が、ざわざわと騒ぎ出すような感覚に陥った。
「それ。その表情」
「・・・ひょ、表情?」
「うん。俺、#NAME1#ちゃんのその怯えたような表情が、大好きなんだよね」
天童さんは、そんなことを言いながら私の顎に手を添えくいっと上を向かせたのだった。
その赤み掛かった目が、すぐ眼前に見えたのだった。
天童さんの言った言葉は、すぐに脳内で処理をするには適わなかった。しかし、程なくしてその意味を理解すると共に「両想い!!?」と叫び出したくなってしまったのだった。
「あ、あの・・・」
「本当、ゾクゾクしちゃう」
一言で今の心境を表すと、「私の表情筋グッジョブ!」だった。
天童さんは笑っていない目を細め、これでもかと不気味な表情をつくっている。そしてそれが、すぐ目の前に、それこそ手を伸ばせば届きそうな位置にあるのだ。眩暈がした。
「ねぇ、それもっと見たいから、ちょっと楽しいコトしない?」
そして顎に添えられていた手は、這うようにして私の頬へと移動したのだった。思わず息を飲んでしまった。ごくり、という音が少し大げさに響いたのだった。
楽しいコト、だなんて今の状況の私にはその全貌を想像できるような余裕すら残されていない。でも、なんというか、
なんという、利害の一致!!
「ぐ、ふっ・・!!!」
「えっ」
その直後、鼻の奥から鉄の匂いのするものが一気にこみ上げる感覚に陥った。思わず頬に添えられた天童さんの手を振り払いながら鼻に手を当てた。
手の平を確認すると、そこにはべったりと赤いものが付いていた。
なんということだ。よりにもよって、こんな願ってもない鬼気迫った状況においての、まさかの鼻血。これではムードもへったくれも無いではないか。情けなさと悔しさから、思わずその場にへたり込んでしまったのだった。
「・・・ゴメン、ちょっと刺激、強すぎた・・・?」
頭上から降ってきたのは、そんなどこか間の抜けた天童さんの声。
今の私には、それに対して全力で頷く他無かったのだった。
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