・純情少年と相対するは
「あのっ、#NAME1#さんっ」
「なに?」
「好きですっ!」
その子は顔を耳まで真っ赤にして、ぎゅっと目を瞑りながらそう叫んだ。
「知ってる」
いつしか少なくとも1日1回、どういうわけか必ず叫ばれるようになったそんな言葉に、私の心臓は一向に慣れてくれる気配は無い。もちろん内容が内容だから、純粋にその子の言葉に女としてときめいている自分もいる。でもそれ以上に、何度同じ言葉を叫ぼうがまるでいちいち“はじめての告白”と言わんばかりに緊張しきっている五色くんが、とにかく可愛くて仕方がないのだ。きっとこの子は、私が都度キュン死にの危機に瀕していることに気付いてはいないだろう。
私には先輩として、というよく分からないプライドがしっかりと根付いてしまっているらしい。どうしても浮き足立つそんな心境を隠しつつ、いつだってそんな素っ気ない態度を取り繕ってしまうのだ。
「…好き、なんです…」
すると五色くんは、俯きがちに少し拗ねたような口調でそう繰り返したのだった。この子、いよいよ本気で私を殺しにかかってきている。いちいち的確に心臓のど真ん中に、お得意のキレッキレストレートを決められている気分だ。
「だから知ってるって」
叫び出したい衝動を必死で堪えつつ、なんとか先輩らしい自分を保つ。
ここで息絶えるわけにはいかない。今日こそなんとしてでも五色くんの口からその先の言葉を聞かなくては。
「だから、俺と…」
五色くんはそこまで言うと、一層顔を赤くしたのだった。あの、お姉さんもうあなたが可愛すぎて本当に倒れてしまいそうなんですけれども。
そもそも最早何を今更、躊躇することがあるのだろうか。むしろ今までその告白を全て受け止めてきたにも関わらず、未だ明確な“恋人”という立場になれていない私の身にもなってほしい。
“付き合って下さい”のただ一言、それだけを貰えればもはや私の主導に持ち込むこともできるのに。いっそ私から言おうか、と思ったこともあった。けれど五色くんの性格上、それはあまりにも屈辱的なことだろう。なんと言っても、五色くんはよくも悪くも“男らしい”人間なのだ。
「…すみません、ちょっと、待って下さい…!」
もはや半ば応援をしながら今か今かとそのとき待っていると、五色くんはくるりと踵を返し私に背を向け、深呼吸を始めていた。
なんだかもどかしさ以上にとにかくそんな五色くんの一挙一動が愛おしすぎて、思わず五色くんの見ていない隙に心臓を抑えてうずくまったのだった。
「お待たせしました#NAME1#さんっ!」
「全然」
そして五色くんは、一転してキリッとした顔で振り返ったのだった。ところが、目が合うとすぐにみるみる顔を赤くしたのだった。
「あ、の…っ!」
うん。連れて帰りたい。今すぐに連れて帰ってとにかく全力で世話をしたい。
そしてその後、一向に五色くんから言質をとれないままあっという間に1時間が経過したのだった。
「お前ら、いい加減にしろよ」
「!?」
「?」
そんな状況を楽しみながら五色くんを愛でていると、明後日の方向から静かな怒声が飛んできたのだった。振り返ると、そこには顔に陰をつくってわなわなと震える白布くんが立っていた。
「五色」
「ハイッ!?」
「お前今更何ビビってんだよ。いつもいつも恥ずかしいこと言いまくってる癖に」
「恥ずっ…!?」
五色くんは、そんな白布くんからの指摘を受けて何回か口をぱくぱくとさせた後にシュンと俯いたのだった。きっと彼に犬耳と尻尾があったのなら、今そのどちらもへたりと下を向いていることだろう。そんなことを思ったが最後、実際にそんな幻覚まで見えてきたものだから、もう悶えるしか無かったのだった。
「で、何よりも#NAME2#」
「へっ?」
白布くんはじとりと私を睨んだ。なんだかまるで責め立てられているような、そんな視線だ。
白布くんのそんな表情には妙な迫力がある。どういうわけか額に冷や汗が滲んだのだった。
「お前、五色なめんのも大概にしろよ」
「?」
白布くんの発言の意味が、いまいち分からなかった。なめるも何も、むしろ私は逐一五色くんから会心の一撃を食らい続けている身だ。いっそ恐ろしいくらいに感じている。
だから白布くんが何を以てそんなことを言っているのか一切分からず首を傾げていると、彼の口から舌打ちが飛んだのだった。白布くんの舌打ちの迫力、はんぱない。
「#NAME1#さんっ…!」
白布くんが不機嫌そうにパイプ椅子に腰掛けたのを見届けた矢先、五色くんから再び名前を呼ばれたのだった。
五色くんは、とうとう覚悟を決めたような顔をしていた。形はどうであれ、五色くんをそうさせてくれた白布くんには感謝せざるを得ない。
「…好きです」
「うん、」
そして改めて、何度も何度も聞いたその言葉を五色くんは私にくれた。
いつもよりも幾分か静かなそれに、心臓は再び大袈裟なくらいの音を鳴らし始める。
「俺と、」
唾をごくりと飲み込んだ。
ああようやく、私はこの子と恋人になれる。そう思うと感慨もひとしおだった。それと同時に、五色くんに対しての想いが一気に込み上げてきた。私はその言葉を言ってもらえたとき、初めて「私も五色くんが好き」と伝えようと決めていた。ふと気を緩めれば自然と口から出てきてしまいそうになるそんな言葉を必死に抑えつつ、五色くんの言葉を待った。
「俺とっ…手を繋いで下さいっ!」
「わ、私も…えっ?」
えっ?
「お願い、します…!」
五色くんは顔を真っ赤にしながら頭を下げたのだった。
うん。状況が全く飲み込めない。
まさかの、そこから。
なんだか脚の力が一気に抜けたような気がした。
「#NAME1#さんっ!?」
思わず床にへたり込むと、頭上から五色くんの声が降ってきたのだった。
五色くんは、そんなことを私に伝えようと今までずっともがいていたのか。まさかこれほどまでに純粋な子だったとは。完全に想定外だった。白布くんからさっき言われた五色くんをなめるな、という言葉はこういう意味だったのだろうか。たしかにそういう意味では、私は五色くんの純粋さを完全に過小評価していたとも言える。
しかしどうも腑に落ちない。たしかに想定外であったにしても、それって白布くんがあの剣幕で釘を刺すようなことだろうか。
「ご、五色くん…!」
しかし改めてこの状況下で五色くんの名前を呼んでみると、ようやく白布くんの言葉の本当の意味に合点がいった。
それとほぼ同時に心臓が一層高鳴り、視界が涙で滲んだ。顔だって信じられないくらいに熱い。
「わ、私に、心の準備を、させて下さい…!」
そうだ。五色くんのあまりの可愛さに気を取られて忘れていたけれども、“恋人になる”ということは、つまりはそういうことなのだ。手も繋げば、き、キスなんかもいずれするのだろう。他でも無い、五色くんと私が。
そんな当たり前のことが、なんとすっかり頭から抜けていたのだ。自分が馬鹿なんじゃないかと思う。
そしてそんな状況にいざ直面した今、私はつい先程自分自身で“そんなこと”と形容してみせた行為に対してすら、一切の覚悟ができていない事実をまざまざと思い知らされたのだった。
白布くんの発言は、要は浮き足立つ私に対しての「お前は五色をなめていられる立場なのか?」という牽制のようなものだったのだろう。ああ、なんて間抜けで、情けない。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うん、」
五色くんの声色は、ひたすらに私を心配してくれているようなものだった。
先輩のプライドが、聞いて呆れる。
込み上げてきた涙を堪えながら、目の前に差し出された五色くんの大きな手に、自分の手のひらを乗せたのだった。
「手、繋いでんじゃん」
「「!!?」」
五色くんから腕を引かれ、立ち上がった矢先に白布くんからそんなツッコミが飛んできたのだった。思わず慌てて手を放すと、五色くんは顔を真っ赤にしながら目を見開いて私を見ていた。
とてもじゃないけれども、そんな彼をいつものように可愛いとは思えなかった。
私は今、恐らく高確率で、彼と全く同じ表情をしてしまっているのだから。
「本当、いい加減にしろよ…」
真っ白になりつつある脳内に、白布くんのそんな吐き捨てるような言葉が静かに響いたのだった。
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