・不良少女と優良少年(req)
「#NAME2#」
バレー部部室にて。牛島さんがふと、きょとんとした顔で私を見下ろしてきたのだった。
身長差的に仕方がないことだとは言え、こうも当然の如く上から見られると、なんだか見下されているようで未だに少しカチンとくる。
バレー部に入って幾分か丸くなったとは言われるけれども、根本的なところで私はまだまだ血気盛んらしい。
「なんですか?」
「前々から、お前の睫毛には既視感があると思っていた」
「はぁ」
「それが今回、ようやくモウセンゴケだと合点がいった」
「…………。」
殴っていいかな、これ。どうせ牛島さんの天然肉襦袢には私の拳なんて通用するわけなんかないのだから。
そんなことを反射的に思えど、なんとか冷静を取り戻し、握った拳を無理矢理解いた。今の私は言わば保護観察中。バレー部にいる間にまた何か問題を起こそうものなら、たとえそれが些細なものだとしても一発退学だと何度も何度も鷲匠先生から言われている。
よりにもよってこんなよく分からない理由で退学に至るなんて、さすがに腑に落ちない。
「モウセンゴケ、知らないか?あの食虫植物の」
ふと、小学生の頃に使っていた理科の教科書のページが鮮明に頭に過ぎった。それと同時に収まりかけていた身体の熱がふつふつと再燃し始める。
いや、落ち着け。この人はただの天然だ。決して悪気があって言っているわけじゃない。現に見てみろこのスッキリした顔を。きっとこの人は今、アハ体験の真っ只中にいる。絶対王者と呼ばれるこの人が、ずっと私の睫毛に対する既視感にモヤモヤしていたであろうことを考えると、ちょっと面白いじゃないか。だから落ち着け。
「牛島さん。あんまり#NAME2#と話さないほうがいいですよ。不良が移ります」
落ち着きかけたところで現れたのは、悪意にまみれた同級生だった。彼は私を見て、鼻で笑ったのだった。
「なんだとこのモウセンゴケ2号が」
いけない。思わず口調が荒くなってしまった。
これも今回、バレー部マネージャーという「救済措置」を受けるうえで課題とされていることの一つだったりする。そんな私の心境を知ってか知らずか、白布は目を細めながら僅かに口角を上げたのだった。
「ハッ、モウセンゴケってなんだよ」
白布は、一度鼻で笑った後に吐き捨てるようにそんなことを言ったのだった。「お前の瞼についてるそれにそっくりな奴だよバーカ!!」という言葉は、必死で飲み込んだ。
「食虫植物だぞ、白布」
すると牛島さんが、間髪入れずにどこか満足げに答えたのだった。白布はハッとしながら牛島さんを見上げ、驚愕の表情を浮かべていた。
正直スカッとしなかったわけでもない。牛島さんグッジョブ。
「あ、#NAME2#さん!お疲れ様です!」
「!」
そこに、練習を終えたらしいもう一人の部員が入ってきたのだった。
きっと反射的に私の表情も強張ったのだろう。白布の顔が再び緩んでいた。
「俺、#NAME2#さんにってバレー用語集持ってきたんです!良かったら是非!」
「…あ、ありがとう…」
お礼を呟くと、その子はニカッと笑ったのだった。
とりあえず、その白い歯が眩しかった。
「何か分からないことがあったら、いつでも聞いて下さいね!なんなら今から勉強会しますか!?しましょう!!是非しましょう!!」
「…え、あ、うん…」
完全に、気圧されてしまった。
どうも私は、この子の真っ直ぐなキャラクターとそれを具現化したような目が苦手だったりする。何気にこの部内で一番苦手な人間は、この五色工という後輩なのかもしれない。
「#NAME2#お前、五色と足されて割られたらいいんじゃない?」
そして一番嫌いな人間はもちろん白布だ。
でもたしかに、白布がそういうだけあって、この五色くんという男の子は私と全く真逆の人間だと思う。
真面目で、元気で、品行方正で。
だからこそ私は、五色くんに対して得体の知れない怖さすらも抱いているのかもしれない。
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「さぁ、始めましょうか!」
そして牛島さんと白布が部室から去った後、机を間にして五色くんと向き合った。五色くんは、何故そんなにやる気満々なのだろうか。しかもさっきまで、鷲匠先生の超が付く程のスパルタ特訓を受けていたはずなのに。
…とは言え正直助かるのも事実。未だにルールすらも分からずただ突っ立っているだなんて、そろそろ鷲匠先生からもどやされそうだ。それに何より、練習の間じゅう暇で仕方が無い。
「すごいですね#NAME2#さん、記憶力!」
「え、いや、そんなこと、」
その後1時間弱、五色くんからひたすらルールやバレー用語を教わっていた。
一言で言うと、とにかく調子が狂う。思えば、ある程度自我が芽生えてから、褒められたことなんてあっただろうか。しかも、後輩に。ただでさえ私は中学時代も部活には入っていなかったから、「後輩」との接し方が分からない。恐らく五色くんが白布のように悪意にまみれた人間だったら、かえって私も楽だったのだろう。そんな仮定にすら至ってしまう程に、私は困惑していた。
たしかに私は記憶力と、あとは中学時代の教師陣に「あんたらが散々ディスった生徒が白鳥沢合格しちゃいましたよ~」と嫌味ったらしく言ってやりたいが故の執念だけで、白鳥沢に入ったようなものだけれども。いろんな意味で若かった。
「#NAME2#さんのようなひとがマネージャーになってくれて、俺は嬉しいです!」
「え、えっと、」
しかも、どういうわけかこの子には歓迎されているみたいだ。意味が分からない。
自分で言うのもなんだけれども、私は少なくとも愛想が無いし、化粧も濃いし、態度だって良くは無いと思う。実際、1年生の子たちは五色くん以外、決して私と目すら合わせようとはしない。
それなのにこの子は、一体私のどこをどう見てそんなことを言うのか。なんだかいっそ不気味ですらあった。
「あ、でも…#NAME2#さんは『臨時』のマネージャーなんですよね…」
一転、その子はしゅんとしながらそんなことを呟いたのだった。
たしかに私は、五色くんの言うようにあくまで「臨時マネージャー」としてこの部に一時的に入部させられているだけだ。白鳥沢の教師陣の中でも最も厳しいと言われている鷲匠先生の下で、マネージャーとして鷲匠先生に認められる程の働きができればその時点で解放される。それは、私にとって救いだったりもするのだけれども、
「い、いや、でも…それこそ引退までいる可能性のほうが高いし、」
五色くんの姿にどういうわけか良心らしき部分が痛み、思わずそんなことを口走ってしまった。でも実際それも洒落にならない。染みついた人となりというものは、一朝一夕で変えることができないものだということは、私も現在進行形でひしひしと感じている。今日だって何度となく鷲匠先生に睨まれたし。
「そうなってくれれば、嬉しいです!!」
「あ、あはは……」
だから洒落になってないって。そんな言葉は、一気にぱあっと明るい表情を作った五色くんに対しては、とてもじゃないけどぶつけることなんてできなかった。
「そしてあわよくば、#NAME2#さんの華麗な跳び膝蹴りをもう一度見たいです!」
「と、跳び膝蹴り?」
そんな技、バレー部への入部以降繰り出した覚えは無い。いや、むしろ繰り出していたら私は今この部どころかこの学校にもいないだろう。
まさか、無意識にそんなことをしてしまったのだろうか。なんだか血の気が引く感覚に陥った。
「本当にカッコ良かったです!他校の男子生徒をバッタバッタとなぎ倒す#NAME2#さん!!」
「…………!!」
私はいくら血の気が多いとは言え、高校生になってからは前提として「暴力はダメ」という常識をしっかりと持つようになったつもりだ。それが何を招くかを理解していたから。仮にそんな一瞬の気の迷いで退学にでもなろうものなら、中学時代の教師陣が「やっぱりな」とほくそ笑む姿が鮮明に想像できるのだ。
しかし、一度だけ、我を忘れて暴れてしまったことがある。ほんの2か月ほど前、街角で偶々カツアゲ現場を見掛けたのだ。よもやこの宮城の地でそんな時代遅れの不良行為が横行しているだなんて夢にも思わず、私はらしくもなく正義感を炸裂させてしまった。
喧嘩は格闘技とは違う。背丈とか力とか以上に、「経験」が物を言うと思う。それに派生する形で身に着く、真っ先に顎をキメるとか、髪をひっつかむとか、どんなに強靭な男でも股間だけは鍛えようがない、というような知識とか。
結果まさにそれこそが、私がこんな状況に陥る決定打となったのだった。そしてそれをこの子は、どういうわけか目撃していたらしい。
「#NAME2#さんは、すごいです!!」
「ご、五色くん、後生だからやめて…!」
私にしてみたら、すぐにでも忘れたい黒歴史を容赦なく無邪気に掘り起こされているような感覚だ。だからそうやって切実に訴えるも、五色くんのその目の輝きは更に増すばかりだった。あれ、何故か涙が浮かんできた。男に泣かされた経験なんて、未だかつてあっただろうか。
「見た目はこんなに可愛らしい#NAME2#さんみたいな方が、実は強いなんて本当に素敵だと思います!」
「は」
一瞬、意識が遠退きかけた。
一体何を言っているんだこの子は。先輩に向かって「可愛らしい」とか、ナメてるだろう。でもそうは思えど、顔に一気に熱が集まるような感覚に陥った。なんなんだ、これ。
一方の五色くんは、相変わらず無邪気にニコニコと笑っているのだ。
どうしよう。
私、この五色工という男に、勝てる気がしない。
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リクエストテーマ:五色くんに甘やかされる先輩マネ