・+50cm/+49cmの天童くん(req)


人間、人生の中で少なくとも一人は天敵的な相手が現れて然るべきだと感じる。
そして現状私にとってのその存在は、間違いなくあのモンスターだと思う。


「#NAME1#ちゃん!」

「なに」

「突然だけどこれ背負ってくれないかな!?」


その子は、部室に入ってくるや否ややたらとテンション高めに私に詰め寄ってきたのだった。手には、どういうわけか赤いランドセルを持っていた。
…………。


「…天童」

「早くー!」

「とりあえず、そのランドセルどこから持ってきたのかな」


私はスマホを構えながらそう問いかけた。いつでも通報できるようにするためだ。脳裏には最悪の状況が鮮明に過った。まさかとは思うけれども、絶望的なことにこいつならそれも平然とやりかねない。


「フフン、現役女子小学生から借りてきたんだよん」

「………。」


天童は何故か得意気にそんなことを言ってのけたのだった。
私は即、スマホのキーパッド画面を起動した。


「近所に住んでる従妹が夏休みなんだよー」

「あ」


天童は私のスマホを奪いつつ、そんなことを続けたのだった。
とりあえず、それを手に入れた経緯については安心した。良かったチームメイトがその若さで犯罪者にならなくて。本当に良かった。
でもよく考えたら、私にとっては別に何が解決したというわけでも無い。むしろスマホを奪われたことで状況は悪化してしまったように思う。


「ってことで、コイツを返して欲しかったら大人しくこれを背負いなー!ってね」

「…天童」

「なーに?」


その子はなんだか嫌味ったらしく身体ごと首を傾げながらニタリと笑ったのだった。うん。こいつに比べたら非力も非力な私でも、さすがに顔面グーパンだったら少しはダメージを与えられるのだろうか。そう考えるや否や、私は無意識に拳を握っていた。
いや、駄目だ。ここで暴力に訴えるなんて、「口では勝てない」と言っているも同義じゃないか。それではむしろこいつの思うツボだ。そのペースに乗っちゃいけない。落ち着け、落ち着け。


「私にそれ背負わせて何をしたいの?」


私は全力で冷めた表情を取り繕いつつ、そう言い放った。
だってそもそも、私がランドセルを背負ったところで何か生まれるものがあるわけでもない。それなのに、こいつはきっとわざわざ従妹さんの家まで行ってそれを用意してきたのだ。何か目論見があるに違いない。そんなこと聞きたくも無いけれども、とりあえずは聞いておかないことには私だって何の対処もできない。


「?別に?」

「は?」

「ただ#NAME1#ちゃんにこれ背負わせて、『うわーやっぱ超似合ってるwww』って笑いたいだけだよ?」


やっぱり、殴っていいかな。
私がわなわなと震えている合間にも、そいつはニヤニヤと笑いながらランドセルを突き付けてくるのだ。
天童はいつもこうだ。何か頼んできたかと思いきや、次の瞬間全力で私を貶めてくる。以前若利くんのジャージを着せられたときには、「若利くんのジャージがワンピースになった!彼ジャーってレベルじゃない!!」なんて爆笑されたのだった。ちなみにそのとき、横で白布くんと川西くんが揃って真顔でスマホを構えていた。あのときは本気で天童に対して殺意が沸いた。


「…うん。それで「はいそうですか」なんて素直に背負う人間いないよね」

「んー?」


私は、無理矢理鼻で笑いながら至極正論を返したつもりだった。しかし天童は、それを受けてもなお不敵に笑うのだった。
なんだか、嫌な予感がした。


「な、なに…!」

「#NAME1#ちゃん、早く背負ってくれないと…」

「だから、なに」

「#NAME1#ちゃんのサファリの履歴全部見ちゃうよ~」


天童は、私のスマホを高々と翳しながらそんなことを言ってのけたのだった。


「いや、もうそれロック画面なってるし」


一瞬焦ったけれども、真っ黒になっている画面を確認してホッとした。
ちょくちょくロックNo.を入力しないといけないことは時に煩わしくもあるけれども、こういうときにはその機能に感謝しざるを得ない。
しかしてやはり天童のニヤニヤ顔は一切崩れないのだった。本格的に嫌な予感がした。


「#NAME1#ちゃん。俺と一緒にいること多いならね、」

「え」

「一週間に一度はパスコード変えないとダメだよ〜」

「は!?」


天童は、これ見よがしに私に画面を見せつけつつ、スイスイとロックを解除してきたのだった。
そうだ。こいつの洞察力は常軌を逸していた。一度でもこいつの前でロック解除の動作を見せようものなら、すぐさま把握されて然るべきだろう。しくじった。


「えーっと、なになに。『牛乳 身長 伸びない』って何これ!#NAME1#ちゃんもしかして牛乳頑張って飲んでるのに身長伸びないの!?うわーカワイソ「やめて!!!」


私は全力でジャンプをし、天童の持つ自らのスマホに飛びかかった。しかしそれは天童の伸ばした腕によって、並の跳躍では届かないような位置に上げられてしまったのだった。これは私の身長関係無い。もともと身長も高くで、且つ腕も物凄く長い天童相手だったら。仮に私が170cmをオーバーしていたところでこうなっていたことだろう。絶対そうだ。
いやそんなこと気にしている場合じゃない。私の検索履歴はスポーツショップの特売情報と猫画像検索の他は大抵身長を伸ばす方法に塗れてしまっている。そんなことがこいつに知られてしまったら、またひたすらに爆笑されるに決まっている。
血の気が、引いた。


「返して!!」

「やーだよー」

「お願い!!」

「じゃあこれ背負ってくれる?」


ああ、もう


「背負う!背負うから!返して!!!」


私は必死に、切実感を醸し出しながらそんなことを叫んだ。
すると天童は、ニヤリと笑った後に「はーい」と私にスマホを返してきたのだった。
…フッ。


「天童のばーか!人質(スマホ)も解放された今、私が素直にそんなの背負うわけないでしょ!ばーかばーか!このゲス野郎!188.7cm!!」


テンションが上がるあまり、思わず大人気ない発言が飛び出してしまった。でも、それだけ私にとって「天童を出し抜いた」という事実は嬉しいものだったのだ。今まで、こういう心理戦で私が天童に勝てたことなんてあっただろうか。とにかく感無量だった。


「ふーん。#NAME1#ちゃんてばそういうコト言っちゃうんだぁー?」


しかしてそんな私の喜びをよそに、天童は目を細めながら口角を上げたのだった。試合中なんかに、敵を出し抜いた際によくしているその表情。所謂ゲス顔。
再び、嫌な予感が蘇ったのだった。


「…は。」


そうだ。よく考えたら、あの天童がこんな簡単なところでミスをするわけがないじゃないか。むしろ私は、こんな状況で天童があっさりとスマホを返してきた時点で違和感を抱くべきだったんじゃないか。しくじった。
その顔、絶対何かある。こいつは私に、何かしらの罠を張っている。そう思ったと同時に、私は恐る恐るスマホのホームボタンを押したのだった。


「…っ!!!天童!!!!」


直後、そいつの名前を叫ぶと、そいつはまた嫌みったらしく爆笑し始めたのだった。
やられた。完全に、やられた。


「ちょっと、勝手に何してんの!!??」


私のスマホは、いつの間にやらパスコードの変更が施されていた。2度ほど確認をしてみたものの、一向に解除ができなかった。
他でも無い、天童が今のやりとりの合間に変更しやがったのだろう。こいつは物凄く器用だ。そんなことをしていてもなんら不思議ではない。


「…#NAME1#ちゃん、最高っ…!!!」


現役女子高生にとって、スマホが使用できないということは間違いなく死活問題だろう。これでは友人や家族からのラインも見ることができない。こんなことなら、横着せずに指紋認証機能のついた機種に変更しておくべきだった。いやむしろ、天童の場合はそこすらも把握したうえでこんなことをしたのだろう。


「もうそれ背負うから!だからパスコード教えて!!早く!!」


もう、プライドとか言っている場合じゃなかった。こいつの場合、ここで私がへりくだらなかった場合、一生それを教えてくれない可能性だって否めない。もう私の負けでいい。そんなことで、私が再び快適なスマホライフを取り戻せると言うのなら。


「#NAME1#ちゃん、そうじゃないデショ?」

「………!?」


ところがどっこい。天童のゲス顔は一切歪まなかった。むしろ目なんて据わったくらいだ。
もう、なんなのこの子。なんだか目に涙が浮かんできた。


「#NAME1#ちゃん、リピートアフターミー♪OK?」

「は」


天童は、何故か小声で、囁くようにそんなことを言ってきたのだった。


「『#NAME1#にランドセルしょわせて?お兄ちゃんっ☆』」

「………。」

私は、とうとう床に崩れ落ちたのだった。
頭上からはそいつの馬鹿笑いが降ってきた。


「えーどうしたのー#NAME1#ちゃーん?早く言ってくれないと、一生教えないよん♪」

「………。」


一体私が何をしたと言うのだ。なんで私は今、チームメイトから辱めを受けているのだ。
そうだ。この天童覚という男は、こういう人間だ。いつだって的確に、相手の一番嫌な部分を攻撃してくる。
ともすれば、私は天童と同じ土俵に乗ってしまった時点で、負けてしまっていたのかもしれない。床に座ったまま絶望に打ちひしがれながらその顔を見上げると、そいつはすっかり恍惚の表情を浮かべていた。
ああ、もう…!!!


「…#NAME1#に、ランドセル背負わせて…っ!お、お兄、ちゃん…!!!」


私は声を絞りながら、やっとの想いでそんなセリフを吐いたのだった。
直後、一気に羞恥心に襲われ、両手で顔を隠した。何故か息も上がっている。

もういい。笑いたきゃ笑え。半ば自暴自棄になりつつ、手の平には少し温かい液体が触れたのだった。


「………?」


私はその状態のまま、しばらく羞恥心に打ちひしがれていた。しかし、想定していた天童の笑い声がいつになっても降ってこない。ちなみに背中にランドセルが宛がわれることも無い。私にとっては願ったり叶ったりな状況なのだけれども、やっぱり相手が相手なだけに不気味だった。私は恐る恐る両手を下ろし、再びその姿を見上げた。


「……は」


てっきり相変わらずニタニタと笑っているであろうと思った天童は、どういうわけかきょとん顔で固まっていた。面食らっていると、その鼻からはツーと赤いものが伝ってきたのだった。


「#NAME1#ちゃん」

「な、なに」

「ゴメン、思ったより、攻撃力高かった」

「は」


結局その後、私はとうとうランドセルを背負うことなく、天童の鼻血を止めることに終始したのだった。その間、天童は驚く程あっさりとパスコードを教えてくれた。それは「1338」で、明らかに私の身長を弄ったものではあったわけだけれども、ずっと放心状態だった天童に対して怒鳴り声をあげることはとうにできなかった。

天童覚。
付き合いも3年目にして、やっぱりその思考が全く読めない人間だ。


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テーマ:+50cm 天童さんお相手

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