・牛島さんとお夜食!2
今日は週に2回の合奏の日だった。やっぱり合奏って物凄く神経を使う。とにかくコントラバスは周りと調和しつつ一番下で支え続けることが求められるパートだ。コンサートマスターやチェロトップの合図を凝視しつつ、そんな自分たちの役割をこなす。これがとにかく難しい。
合奏自体は結果から言うと散々だった。いくら個人技術を磨いても一筋縄ではいかないところがオーケストラの難しくて面白いところ。それでもやっぱり自分の役割だけはまずは完璧にこなせるようになりたいからと、今日も今日とて個人練習。そして気付けば23:00。
くたくたなはずなのに、寮へと戻る足取りはとても軽かった。なんと言っても昨日あんなことがあったから、気合いが入って合奏終了後に一旦寮に戻って“仕込み”をしたのだ。
今日はたくさんカロリーを消費したから、しっかりと補わないと!
「ヒイッ!!?」
そしてエントランスに入ると、見覚えのある大きな影があった。
「#NAME2#、すまない。腹が減った」
思わずニヤけてしまった。飛んで火に入る夏の虫とは、この人のことを言うのだろう。表現がいささか失礼かもしれないけれども。
「今晩はがっつりですよ」
「がっつり?」
「大丈夫ですか牛島さん」
「ああ。むしろ助かる」
俄然テンションが上がってきました。
*************
「よし、ジャスト」
部屋に入ると、炊飯器から機械的なメロディが聞こえてきた。これが今日の仕込み1。なんとこの時間に炊き立てご飯が味わえてしまうのだ。
「こんな贅沢ってありますか牛島さん?」
「?」
牛島さんは異様にテンションの高い私を見ながら首を傾げていた。なんだか少し冷静になってしまった。
「気を取り直して仕込み2」
「仕込み?」
「なんと私ったら豚肉と玉ねぎを、前もって合わせダレに漬けていたのです」
「?」
「つまりはこれを焼くだけで!もう、すぐに美味しい生姜焼きが食べられてしまうのですよ!」
「生姜焼き…」
牛島さんがごくりと唾を飲み込んだ。
「牛島さん。」
「なんだ」
「これ、炒めるだけなのでやってみますか?」
友人とかに知られたら、アンタ牛島さんに何料理とかさせてんの!?なんてどやされそうだけれども、どうも昨日の牛島さんの様子を見ていたらなんだかうずうずしているようにも見えた。だからこその提案だった。
「やる」
案の定、牛島さんは快諾してくれた。どこか満足げに小さく頷いた牛島さんは、なんだか可愛らしかった。きっとお母さんのお手伝いをしたがる息子さんってこんな顔をしているのだろうか。そんなこと、自分よりも何十センチも背の高い年上の先輩に抱くのはなんとも失礼なイメージかもしれないけれども。
「弱火から中火で、じっくり焦らずいきましょう」
「?強火のほうが早いんじゃないのか」
「牛島さん。不思議なことに、お肉ってじっくりゆっくり焼いたほうが柔らかくなるんですよ」
「それは知らなかった」
「じゃあ私は責任持ってキャベツの千切りに励むので、よろしくお願いします」
私は包丁さばきは得意なほうじゃない。でもやっぱり生姜焼きのベッド代わりのキャベツって、細いほうが好きだ。細いほうが生姜焼きと一体化してくれるような気がするから。
隣りからジュワッという良い音が聞こえてきたのを合図に、私もキャベツに斬りかかった。
*************
「火加減最高です牛島さん。天才ですか?」
「そうか」
出来上がった生姜焼きは、まさに絶品だった。私の味付けも、牛島さんの火入れもほぼほぼ完璧。
それを炊き立てご飯に乗せてかきこんだ日にゃ…もう、もうっ…!!
「贅沢の極みっ…!」
失ったカロリーがプラスマイナス大幅プラスで補填されていくこのかんじ。そんな背徳感すらもどこか心地良いからやっぱりお夜食って素晴らしい。
「#NAME2#は本当にうまそうに飯を食べるな」
「本当に美味しいんですから不可抗力ですね」
早くもご飯が無くなっていた牛島さんのお茶碗にご飯を盛って差し出すと、牛島さんがなんだか少し微笑んだ気がした。なんという役得だろう。私はあの牛島若利先輩の微笑を見てしまったのだ。友人に自慢したい。すぐにラインで拡散したい。でもまずは目の前の生姜焼きだ。
「欲を言えばお味噌汁も欲しかったですねぇ…」
「?味噌汁も一般人でも作れるものなのか?」
「えっ」
「?」
唐突な牛島さんからの疑問の意味を、私は理解することができなかった。
牛島さんはと言うと、生姜焼きを頬張りながらきょとんとした顔をしていた。
「…お味噌汁、むしろ一般家庭でつくる料理じゃ…」
「そうなのか。俺の家では料理人が作っていた」
「えっ」
やっぱり牛島さんはいいとこのお坊ちゃんらしい。イメージ通りだし、そもそも白鳥沢にはそういう生徒も多いから(特に管弦楽部にはそういう子ばかりだし)そこにはさして驚かないけれど。でもなんだか、様子がおかしい。
「そもそも料理自体、全て料理人がするものだと思っていた」
「えっ?」
「だから簡単にやってのける#NAME2#を、俺は凄いと思う」
「へっ?」
なんだか、単純に住む世界が違うんだなぁと感じた。牛島さんは別におべっかでもなんでも無くて、ただの事実として言っているんだ。
「牛島さんも、料理したじゃないですか」
「?炒めただけだろう」
「それも、立派なお料理です」
ああなんだか、どういうわけかテンションが上がってきた。
「牛島さん…よければこれからも、気が向いたときに一緒にお夜食つくって食べましょうか」
なんだか恐れ多い話かもしれないけれども、“自分でつくって食べる”というこの独特な幸せを、牛島さんにも体感してもらいたいような、そんな気持ちになった。
「…#NAME2#さえよければむしろ有り難い限りだ」
「じゃあ早速明日もつくりましょう」
「いいのか?」
「はい。じゃあこれ…」
「?」
「この部屋の合い鍵です。エントランスでお待ち頂くのはさすがに申し訳ないので…」
「…わかった」
ふと冷静になると、やっぱりあの牛島若利先輩に合い鍵を渡しているという状況はツッコミどころ満載だ。
でもまぁ、生姜焼きも美味しいし、いいんじゃないかと感じました。
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