・たとえキミが地球上のどこにいても(2016.08.13)


バイト終了後、全力疾走の末なんとか終電に間に合った。とめどなく流れる汗と格闘しながら、数か月ぶりの故郷に想いを馳せる。
さすがにあの鬼監督であっても、お盆くらいは休むよなぁ。だとしたら練習再開はいつからだろうか。そんなことを考えていると、丁度同級生から「15日顔出さない?」というラインが届いた。わぁ、やっぱりカレンダー通りなんだ。さすが。
そんなことをしながら、忘れ物が無いかを確認していると、あっという間に新幹線は北上していた。ほんの2時間前後。その時間はつい数か月前には途方も無く長くすら感じられたのに、今となっては本当に短い。まるで仙台も東京から物凄く近いような、そんな錯覚に陥るくらいには。これも、成長という奴なのだろうか。
そんなことを思いながら、私は仙台駅の新幹線ホームに降り立った。ホーム内には、日中溜め込みに溜め込まれたであろう熱気がむわんと漂っていた。こちらはもう少し、涼しいと思ったのだけれども。なんだ、あんまり東京と変わらないじゃないか。それもまた、親近感へと繋がった。故郷に対して親近感を抱くだなんて、とても滑稽なことではあるのだけれども。
でも、うかうかもしていられない。早く在来線に乗り換えなければ。
ただでさえ最寄り駅から家までは、少し歩く。一応はまだ未成年の立場なのだから、一刻も早く帰ったほうが良いだろう。こんなところで変なお咎めを食らってしまったら、折角の年に数回の帰省の機会がひどくしょっぱいものになってしまう。
でもそんな逸る気持ちとは裏腹に、どういうわけか口元が緩んで仕方無かったのだった。


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「着いたー!!」


最寄り駅の改札を出た後、思わずそんなことを叫んでしまった。眼前には、暗くてよく分からないとは言え、見慣れた光景が広がっていた。どういうわけか堪らなく懐かしい気持ちになった。懐かしいも何も、この町を出てからまだ4か月程度しか経っていないのだけれども。
この駅は、私の母校の最寄り駅でもある。ともすれば、後輩たちもほんの数時間前にはここを通ったのだろうか。寮組も、さすがに今日は帰省しているのだろうか。そんなことを考えると何故か目に涙が浮かんできた。3日後には直接会えるというのに、不思議なものだ。


「……おい」


そんなことを考えていると、どういうわけか空耳すら聞こえてきた。後輩のクセに、ひどく高圧的なその声。果たして当時は、何度注意をしたことだろう。結局のところ、私たちが引退するまでにそれが改善することは無かったのだけれども。


「……何をしている」

「うわぁっ!!?」


するとその直後、目の前にゆうに2m近いのではないかという大男が出現したのだった。思わず持っていた荷物を地面に落としてしまった。


「ん?また小さくなったか?#NAME1#さん」

「か、開口一番、それ!?」


その子は紛れもなく、先刻まで私の脳内で私が説教をかましていた後輩本人だった。
正直心臓がばくばくいっていた。さすがに後輩と言えど、そんな図体をした人間が夜道突然現れたらそうなって然るべきだと思う。
それにしても「何をしている」はこちらのセリフだ。日も変わったこんな時間に、どうして現役高校生であるこの子がここに立っているというのだ。


「若利くんこそ、こんな時間に何してるの!?」

「ああ。実家に帰ろうとしたら寮にボールを忘れた。今から取りに行く」

「帰省にボールいるの!?」

「他にとくにやることも無いからな」

「おうちのお手伝いとかしようよ!お盆だしさぁ!」

「母曰く、俺の出る幕じゃないらしい」

「…さ、さみしいこと言わないでよ!力仕事なら若利くん程の適材はいないと思うよ!?」


ああ、なんだか物凄く懐かしい感覚だ。そしてニュートラルにタメ口を使われている。そこは最早どうでもいい。
でも私はどうして、再会にしんみりと浸る間もなくツッコミを捲し立てているのだろうか。卒業式のときはこの子だってちょっとしんみりしてくれたくらいだったのに。あの時間はなんだったんだろう。茶番だったのだろうか。


「送る」

「え」


そんなかんじで呆然としていると、私のキャリーケースはナチュラルに奪われてしまったのだった。しかもどういうわけか、それはその子によって担がれている。


「どうした。早く帰るぞ」

「…うん。若利くん、それ、足ついてるからゴロゴロ転がせるやつなんだけど…」

「?持ったほうが歩きやすいだろう」

「あ、ごめん。なんでもないですありがとう。」

「?」


というか、


「でも若利くん!ゆっくりしてたら終電逃しちゃうよ!?」

「別にこの時間に帰ろうが明日の朝帰ろうが、同じことだろう」

「親御さんに連絡した!?心配してるよ!」

「…親にだろうが、心配されるような鍛え方はしていない」

「そういうことじゃなくて!」


ああ、なんだこれ。
当時はきっと、狭い世界だからこそこの子の天然ぶりも際立っているのだろうと思っていた。ところがどっこい。大学生になって全国各地の出身者と接するようになってからも、ここまでぶっ飛んだ人間とは現状出会うことができないでいる。ああやっぱりこの子は特殊だったんだと思い始めた矢先のこの再会。なんだかこの子に負けたような気がした。


「それにしても、#NAME1#さんは少し小さくなったくらいで全く変わらないな」

「小さくはなってない。キミが大きくなったんでしょ。」


とりあえず身長のことは置いておいて、それもそれでどうなんだというところもある。だって実際に数か月しか経っていないとは言え、高校生のときと変わっていないって、なかなか問題じゃないだろうか。今までしたことも無い分野の勉強だって始めたし、生まれて初めてのバイトにだって日々勤しんでいる。それで変わっていない、ということは「成長していない」とも同義ではないだろうか。今日も今日とてやらかしてしまったバイトでの小さなミスを思い出しつつちょっと凹んだ。


「安心した」

「へ」

「せめてあと半年は、そのままでいてもらえると助かる」

「?」


その子は淡々と、そんなことを呟いたのだった。
この子の言うことは、いつも唐突だ。半年?そのまま?言っている意味はとうに分からなかったけれども、なんだかその発言を受けて、少なくともこの子的には「変わらない」ということがマイナスイメージではないのだろうなぁということは分かった。
とりあえずはそれにホッと安心している自分もいた。


「あっ!!!」

「?」


そこで私は、ある事実に気が付いてしまった。もう日付が変わった、ということは、今現在は紛れもなく「その日」で。
ほんの数分前くらいまで、15日に会うつもりでいたものだから、すっかりと忘れてしまっていた。


「若利くん、お誕生日おめでとう!!」


私は肩に掛けていた鞄の中から正方形の包みを取り出した。
これは、今日に向けてバイト代で用意していたものだ。バイトを始めて、ある程度お金にも無理を言わせられるようになった立場で思いついたものは、これしか無かった。
若利くんは、それを片手で受け取りながら小首を傾げていた。


「…ありがとう。それで、これはなんだ」

「GPS付きのランナーズウォッチ!防水加工で衝撃吸収もできて、GPS付き!なんと言ってもGPSが付いてるんだよ!」

「妙に『じーぴーえす』を推すな、#NAME1#さん」

「なんてったって、若利くん相手だからね!」

「…よく分からないが、大切にする。飾る。」

「大切にしなくてもいいから使って!お願い、ロードワークのときとか特に!」

「?分かった」


とりあえず、いろいろと安心した。いかんせん高校生にあげるには些か気合いの入りすぎた代物だったかもしれないから、正直引かれることも覚悟していた。
でもまぁ、よくよく考えたらこの子がそんなことを気にするわけもないのだ。良い意味でも、悪い意味でも。
そんなやりとりをしているうちに、気付けば自宅の前に着いていた。若利くんもそれに気が付くと、ずっと担いでいたキャリーケースを地面に下ろしたのだった。


「…#NAME1#さん」

「なに?」

「いつまで、宮城にいるんだ」

「結構いるよー。来月頭くらいまでかな」

「……そうか」

「!?」


そんなことを返すと、俄かに信じ難いことに、若利くんが目を細めて笑ったのだった。
え、なにそれ。キミ、そんな可愛らしい笑顔持ってたの?私、今の今まで知らなかったんだけど。そして何故今このタイミングで唐突に?
そんな疑問が頭を一斉に駆け巡る中で、どういうわけか心臓ががっしりと掴まれたような感覚にも苛まれていた。


「…ではしばらく、よろしく頼むぞ#NAME1#さん」

「え?あ、うん。よろしく…」


すると、若利くんはそんなことを言いながら、スタスタと歩いて行ったのだった。
心臓はまだばくばくといっていたし、なんだか口元が緩んで仕方なかった。
でもその一方で、若利くんの別れ際の言い回しが少し気になったりもした。しかしいろいろな疲れも相俟って、そこを深くは考えなかった。

だからこのほんの2日後から、あんな数日間が訪れることになろうとは、このときの私には知る由も無かったのだった。


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