File3


車を走らせて数分後。
学校のそばの駐車場に車を止め不審者らしき人物を探し回る。しかし助けを求める声も不審者らしき人物も見当たらず、ぐるぐると校舎の周りを走り回っていた。
もう何回見回っただろう、彼女の姿も見当たらず本日幾度目の正門までやって来た。校舎を見ると一階にはまだ明かりがついていて、近年増加傾向にあるモンスターペアレントの対策で忙しいのか未だ働いているであろう教師たちに労いの言葉を心の中でかける。
ふ、と校舎全体に目を移すと一階の明かりがついた部屋のすぐ上の教室のカーテンだけ閉められているのが見えた。カーテンを開け忘れたのだろうか。他の教室が空いているということは掃除等の時に基本的にカーテンは開けて帰るよう言われているのだろう、そして今日は開けておくのをたまたま忘れたのかーーしかし、なんだか異様に浮いた存在の教室が気になった、その時。

RRRR………

着信音が鳴り響く。また佐藤刑事か、そう思いディスプレイを見るとそこには

"宮藤明日美"

その名前を見た俺は急いで通話ボタンを押した。

「もしもし?もしもし!」

声をかけるも返事は来ない。その代わりガタン、ガタンといった物にぶつかっているかのような音がした。

「おい、聞こえるかーー『君のその恐怖に浮かぶ顔が見たかったんだ』ーー!?」

明らかに彼女のものとは違う気色の悪いまとわりつくような、声。
まさかーー嫌な予感が的中した、そんな気が、いや、そうだと確信した。
まずい、早く向かわなくては、でも一体どこにーー

『こ、こんなこと。学校内でこんなことよくないです、先生だって下の階にまだいるし。すぐ下!このすぐ下、職員室なんですよ!よ、よくないですよ、お、お、落ち着いて。バレちゃったら、あなたも捕まったらこ、困るでしょ?』

いつもは凛としているはずの声。爆弾が爆発しそうになっても、26の大人が絶望した状態でも。凛として響くような声をしていた彼女の声が。
恐怖で震えていた。
彼女の震えた声から紡がれた言葉を頼りに場所を特定する。そして思い出される不審な教室ーー

『僕は君が絶望する顔が見たいんだーー捕まるなんてどうでもいい、君のもっと、もっと、そうだ、泣きじゃくる姿もいいー』

そこまで聞いて俺は校舎の中へと駆け出していた。カーテンの閉まりきった教室を目指して。


入校許可を口頭ですら取ってないおっさんが勝手に校内に入り込むなんてバレたら確実に大騒ぎである。しかしそんな事を気にしている余裕はないので今日ばかりは勘弁してくれ、と心の中で言い、校舎に侵入した。

靴を脱ぐこともせず土足で校舎の中へと入る。明かりが漏れている部屋を確認するとすぐ近くの階段を駆け上がった。一階と同じ位置のーーあの教室。その教室まで行くと小窓からチラリと見えたその光景に、我を忘れて扉を蹴り飛ばしていた。

メキッ!
バコン!

吹き飛んだ教室の扉の奥にはナイフを彼女の顔に這わせるみるからに怪しい格好をした男と、その男に追い詰められ、制服を破かれ、目に涙を溜めた彼女の姿ーーーーではなく。
ナイフを片手に蹲る男と目に涙を溜め、必死な形相で足を振り上げ、見事に男の股間に足をクリーンヒットさせている彼女の姿があった。

フリーズしている不審者に近づき、彼女のそばから引き剥がした。既に股間を蹴り上げられ悶絶している不審者の顔を無遠慮に殴り飛ばす。
強く殴りすぎたのか、不審者は一度の殴打で完全に意識を失っていた、死んでなきゃいいけど。
意識を失った不審者から刃物を回収し彼女へ向き直る。そこにはなんともまぁ間抜けな顔をした彼女が目からぽろぽろと涙を溢れさせ腰を抜かしていた。

「こ、怖かったーー。あーーー、メッッッチャ怖かったーーーー。」

泣きじゃくるでも、すがるでもないなんとも可愛げのない反応である。腰が抜けて動けないのだろうか、涙を溢れさせている彼女に近づく。

「大丈夫か。」

なるべく、できるだけ優しく声をかけた。3日前とはまるで違う、年相応の反応した少女をそっと抱き寄せた。

「あ、ありがとうございました。」
「まず言うことがそれかよ、怖かったんだろ、もっと安心したとかさ、泣きじゃくるとかさ、そういう反応はねーの?」
「いや、結構これでもビビってますよ、腰も抜けて動けないし。でも、もう不審者はーーお兄さんが退治してくれたんで。だ、大丈夫です。」
「俺はほとんどなんもしてねーよ、ってか涙目になりながら犯人の股間蹴るやつがあるかよ…」
「し、死ぬかと思ったのでつい…気持ち悪くて、足が出ちゃって…」

相変わらず可愛げのない言葉を吐く少女。しかし抱き寄せた体は思ったよりもずっと細くて軽く、スーツの肩に沁みた涙は普通の女の子と変わらないことを証明していた。
相変わらず儚さも女の子らしさも感じなかったが、自身があのとき心を奪われた凛とした表情も強い瞳もそこにはなく。あるのは安堵の色と震えた声だけだった。
それでもなぜかその彼女の表情も声もまた、以前と同じように自身の心を強く鳴らしていた。



それからすぐ、職員室にいた教師たちが騒ぎを聞きつけやってきて不審者は無事俺たち警察に回収されていった。意識が戻った不審者から話を聞くと、どうやら以前校舎の女子更衣室を覗いていたところを宮藤明日美に見つかり、超ド直球に「キモいからやめろ」と蔑んだ目で言われたのが気に食わなかったらしい。そんなことすっかり忘れていた彼女も彼女である。というかその時点で通報してほしいものだ。

外に出るとそこにはもうすでにパトカーが何台か到着していて、やってきた刑事たちに不審者を渡す。目を三角に釣り上げた佐藤刑事には観覧車の時と同様こっぴどく怒られた。
そうしてひと段落ついた頃。

「ところでおにーさん、なんで私の携帯番号知ってんの?」
「え"」

後ろを振り返るとそこに宮藤明日美がいて。
一番されたくない質問をされてしまった。

「いや、だってこの間教えてないっしょ。ってかもう会うとも思ってなかったし。びっくりしたっていうか。不在着信おにーさんからだと思わなくて。たまたまあの不審者に会う直前に誰だろ〜と思って携帯いじってたからさ、ボタン連打したらおにーさんにつながっちゃって。」
「い、いや、ほら、今回の不審者出没する高校、お前の高校だったのかーと思ってな、念のため、念のためこの間の調書から電話番号メモっといたんだよ。」
「えー、それって勝手に調べていいもんなのー?警察も個人情報の扱いテキトウだなぁもー。まぁ、おにーさん来てくれて助かったけどさ!」
「お、おう、だろ?」
「でもやっぱ、おにーさんは私の最高の刑事だね!」

屈託のない笑顔。
その笑顔に信じられないほど心が締め付けられる。
ヤバイーーーまただ。これは。
顔に熱が集中するのがわかる。まずい、まずいまずい。
こんな顔見られるわけにいかない。急いで立ち去ろうとした、その時。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

手を掴まれる。掴まれた部分がどんどんと熱を帯びるのがわかった。さっき抱き寄せた時はこんなならなかったのに、なんでだ!なんでだ!

「なんかお昼もそうやってどっかいっちゃうしさーびっくりしたんだよー何?気分でも悪いわけ?」
「そ、そういうわけじゃない」
「あ、そうなの?それならさー連絡先登録しといてもいいかな、またなんかあったら助けてほしいなーなんて言っ………??」

覗き込まれた。顔を見られた。
自身で見なくてもわかる。おそらく耳まで真っ赤だ。ヤバイ、ヤバイのがわかるのに掴まれた手が振りほどけない。まるで火傷したみたいに熱く、ヒリヒリとしている手がどこか心地よくて振りきれずにいた。
俺の真っ赤な顔を見た彼女は目をこれでもかというほど見開いていた。

「え!?メッッッチャ顔赤いよ!?大丈夫!?熱あんの!?」
「ち、違う、大丈夫だ、熱はない……」
「え?そうなの?でもめっちゃ顔赤いし体調悪そうじゃない?早く帰んなよ、呼び止めてごめん。助けてくれてありがとね!」

俺を風邪か何かと勘違いし心配したのか、そう言い掴まれた手が離れる。離れていく手とだんだんと引いていく掴まれていた場所の熱になんとなく名残惜しいと思ったがもう一度触れる勇気はなかった。
そうして立ち去ろうとする彼女に、さっきまで逃げようとしたのは自分なのにまだ行かないでほしい、なんて矛盾した感情が湧き出てきて自身の口を開かせた。

「松田、松田陣平」
「は?」
「俺の名前。おにーさんじゃなくて、松田陣平。携帯に登録する時名前ないと困るだろ。」
「あ、あーー。はい。松田陣平さん、ね。登録しておきます。ありがとう。あ、えっと私はー」
「宮藤明日美。」
「え?」
「宮藤明日美だろ。調書に書いてあったし。知ってる。」
「あ、そっか!なら良かった。私の番号も、登録よろしくね、というかもう登録してあるか。」
「また、なんかあったら連絡しろ、じゃあな、明日美。」
「!!……ばいばい!松田刑事!」

松田刑事。普段呼ばれ慣れているはずなのに彼女の紡いだ言葉がやけに心を躍らせた。大きく手を振る彼女に背を向けながら手を振り、今度こそ車へと戻る。
初めて呼んだ彼女の名前を繰り返しながらニヤニヤして歩く姿が周囲をざわつかせていたことは知る由もなかった。


それから数日間。
明日美からの連絡がなかなか来なくて1人悶々とする刑事がいるのはまた別の話。