共犯者一松


「一松、いちまつっ」

どこからか自分を呼ぶ声が聞こえ、一松は辺りを見渡します。側にいるのは猫くらいで、他に音を発しそうなものはテレビくらいしかありません。ピンポイントで彼の名を呼ぶ事があるでしょうか?首を傾げつつも注意深く見渡すと、玄関へ続く引き戸からおいでおいでとなびく手を見つけました。兄弟のものとも違う柔らかそうな手です。声の主は恐らくあれで、一松は誘われるままホイホイ付いていきます。行きつく先には#name#がおりました。いつもと違う点を挙げるとするならば、しゃがみ込んでいる事と、なにやら神妙そうな顔つきをしている事でしょうか。声の主が#name#であると分かった途端、一松は明らか警戒心を解き釣られてしゃがみます。「家におまんじゅうの箱があったのです」目線を合わせてもらった事を皮切りに#name#は話し始めます。顔つきと比例して神妙な声で、何故かいつもなら使わない敬語で。

「お土産にと持ってきたのはいいのですが、2つしか入っていなかったのです」
「おまんじゅうが2つですか」
「はい」

また釣られて敬語になった一松が#name#の言葉を繰り返します。松野家にお土産を持ってくるのなら最低8つは入っていないといけません。親御さんはそこまでとやかく言わないにしろ、6つ子達は"他の兄弟はもらったのに自分はもらっていない"となれば仁義なき喧嘩が勃発してしまう事でしょう。なまじ中途半端なお土産を差し入れて、それが原因で仲違いが起きようものならたまったものではありません。#name#はやけに寒々しい中身の箱を抱え直しました。一松はそれを見計らって自分達を交互に指差します。喧嘩の素を持って切羽詰まった#name#ですから、何を示しているのか分からずじっと指を見つめます。

「今ここには2人しかいないので、丁度いいと思います」

そして低めの声がそう提案するや否や破顔して、まんじゅうを1つ、一松に渡します。もう1つは自分へ、箱を潰してさっさと捨ててしまう周到さを取り戻しつつありました。先程までの表情がまるで嘘のようです。#name#は明らかに現金であり、一松もそんなところが嫌いではありませんでした。

「やりましたね、一松さん」
「やりましたとも、#name#さん」

しゃがみ込んだままお互いを称えた後、どちらともなくクスクスと笑いだしてしまいました。よっぽど安心したのでしょう。また、どちらともなく包みを剥がしては証拠隠滅のためにそれを頬張ります。着々と消えゆく内に#name#は口を開きました。

「一松の敬語ってなんか可愛いね」
「そう?」
「うん。レア度高い」
「#name#だってそうだよ」

そうして誰も彼もが帰ってくる前にまんじゅうを胃に収める事に成功しました。ですが、いの一番に帰宅した十四松が「甘い匂いがする!」とわあわあ言い出しましたので、どう黙っていてもらおうか頭を悩ます事になるのです。

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