13 待ち合わせ


「11時には名前の家に着くようにするから、着替えだけ済ませといて!」

スタイリストハナ子を待ちわびながら、名前は買ってから暫く経ってしまった白のニットをどきどきしながら眺めた。赤司と二人きりでデートをする日がついに来てしまったのだ。しかも今回は何も思い残すことがない、本当の本物のデート。名前はいつも以上に気合を入れて前日のケアを済ませ、今朝も珍しく洗顔後のパックをするなど、抜かりなくバッチリである。丁度着替え終わったところで、ハナ子が訪れたことを知らせるチャイムが鳴る。

「ハナ子ちゃん、おはよう!」

「気合い入ってるわね…名前。ばっちり可愛くしてあげるから!」

姉御!と泣きながら抱きついた名前。ハナ子は名前の部屋に入るなり、早速メイク道具を広げ始める。名前も普段メイクをしない訳ではないが、メイクの腕はやはりハナ子の方が上だし、ハナ子自身がやりたがっているので全てお任せすることにした。

「13時だっけ?」

「そう。駅前で待ち合わせ」

ハナ子は手際よくメイクを進めていく。柔らかい筆が顔をなぞるので、名前は自然と目を閉じた。すると瞼の裏にぼんやりと赤司の姿が浮かんでくる。とてもカッコイイ赤司くん…最初は見てるだけだったけど、挨拶したり、頑張って話しかけたりして…ついに今日はデートなんだ。名前はついついニヤけてしまい、その上がった頬を狙うようにハナ子はチークを叩いていく。

「髪は?いつも下ろしてるし、結ってみる?」

「うん!お願いします」

メイクをしている間に充分温めておいたコテをハナ子は器用に使いこなし、名前の髪の毛をくるくると巻いていく。普段髪を結ったり巻かない名前からしたら、自分がどんどん変身していく姿に吃驚しつつもどこか嬉しくて照れくさくなった。

「さ、できた」

ハナ子から手鏡をサッと渡されて、それを素直に受け取ると、映り込む自分に思わず見入る。名前は、あのいつもの平凡な自分がすごくかわいくなったと思った。長くなったまつ毛がくるんとカールされ、じんわり滲むピンクの頬に影が落ちる。目尻のアイラインが大人っぽく、キラキラ艶めくグロスとよく合っていた。いつもすとんとストレートにおろしている髪は、ポニーテールに結われてふわふわと揺れている。

「ねぇ…ハナ子ちゃん、私かわいい女の子みたい」

変身した自分と、その自分を作り上げたハナ子に感心するように、ほうっと見惚れていれば、ハナ子はメイク道具を片付けていた手を止め、代わりに名前の背中をバシッと叩いた。

「あんたは今日だけかわいい女の子!自信持って、さ、そろそろ出発したほうがいいんじゃない?」

(今日だけ…?)
期待していたつもりではないが、それでも容赦ないハナ子の言葉に名前は少しだけショックを受けつつも、時計を見てハッとする。

「もう行かなきゃ!ハナ子ちゃん、ありがとう!」

ハナ子と共にパタパタと部屋から飛び出して、家の前で別れる。名前は赤司を待たせたくなく、早めに着けるように少しだけ小走りで駅まで向かった。駅に近づくにつれて鼓動が早くなる。何を話そうか、赤司は楽しんでくれるか、そんな不安と期待が入り混じったなんとも言えない、でも確かに嬉しい気持ちで、名前は白く吐かれた息を掻き分けていった。



ちら、と何度目になるかわからない時間確認をした。名前は自分が10秒毎に時計を見ている気がして、思わず苦笑した。そんな動作を繰り返し、ついに約束の時間の5分前になると名前はそわそわし始める。キョロキョロと辺りを確認して、高鳴る鼓動を落ち着かせる為に小さく深呼吸をした。両手で握りしめたバッグに視線を落とし、心臓の音に耳を傾ける。そして、それからふっと顔を上げた時、目の前に赤司が立っていた。

「やあ、お待たせ」

「ぅあ、あ、赤司くんっ」

突然赤司が目の前に現れ、吃驚した名前はビクリと肩を震わせた。ぱちくりと瞬きを繰り返し赤司を見上げれば、私服姿の赤司が優しく微笑んで名前を見下ろしていた。(あ、今日はいつもと違って髪セットしてるんだ…)いつでもカッコイイ赤司がさらにカッコ良くなってしまって、名前は思わず頬を赤らめて見惚れてしまう。

「いつもの雰囲気と違うね、苗字さん。すごくかわいいよ」

「え、あ、あ、ありがとう…!」

“赤司くんもカッコイイよ”
そんな一言が気軽に言えなくて、名前はモゴモゴと口を塞いだ。赤司はさらりと名前を褒めて、まるで挨拶をしたとでも言うように平常通りの表情だった。名前はそんな赤司の余裕な立ち振る舞いに、初っ端からくらくらしつつも、ぐっと足に力を込めて何とか目眩を食い止めた。

「さあ、今日はどこへ行こうか」

「あ、あのね!映画館とかどう…?」

「映画か…公共の施設で見るのは久しぶりで新鮮だな。さ、行こうか」

(公共の施設…?)
名前は、その妙な言い方に若干疑念を抱きつつ、歩き出した赤司に慌てて付いていく。それから赤司の少し後ろを付いて歩いていれば、赤司はすぐに振り返ってくすりと笑った。

「どうして後ろに隠れてるの?隣においで」

おいで、だなんて。頬を赤らめながらそんな台詞が似合ってしまう赤司の元へ、ととと、と駆け寄る。隣に並んだ名前を見て、赤司は満足気に微笑んだ。それからぽつりぽつりと何て事の無い会話をしつつ、心地よい緊張感漂う距離と空気をいっぱいに堪能しながら二人で映画館までの道程を並んで歩いていった。





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