14 幸せすぎて


「赤司くん、何観たい?」

「苗字さんは?」

赤司くんが決めて!、と映画館へ到着するなり、すかさずパンフレットを手渡す名前。赤司はそれを受け取り、興味深そうに暫く眺めていると、やがて期待の眼差しで名前を見るように顔をあげた。

「これが面白そうだね」

「え?!」

赤司が指差し見せてきたのは、彼のその楽しそうな表情と相反するかのようなホラー映画だった。予想を遥かに上回った回答をした赤司に一瞬たじろぐ名前だが、赤司のその興味津々に輝いた瞳から目を逸らせずにいた。最初は冗談で言っているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

「あ、苗字さん怖いのは平気かい?」

「う、うん!割と」

ホラー映画を観た後にトイレに行けなくなるだとか、一人で寝れなくなるだとか、名前もそこまで耐性がないわけでもないが、人並みに怖いものは怖いし、自ら進んでホラー映画を見たりすることはなかった。違う意味での緊張感が名前を襲っている間に、赤司は2人分の会計を済ませる。

「え?赤司くん、」

「さ、行こうか」

有無を言わさず歩き始めた赤司に若干申し訳なくなりつつも大人しく着いて行く。赤司の背中を見つめて追いかけるだけで精一杯の名前は、ふと赤司から膝掛けを手渡されて改めて吃驚する。なんて気配りのできる男の子なんだろう、とても同い年には見えない。そんなことを思いながら、名前は膝掛けを受け取り、赤司と共に席に着いた。

「そろそろ始まるかな」

CMや上映中の注意等が放映し終わると、やがて館内がさらに暗くなる。その瞬間に名前が静かに息を飲んだのを感じ取って、隣の赤司はそれを少し面白がるように笑った。やがて上映され始め、展開が進むにつれて館内の他の客も小さく悲鳴を上げる頻度が増える。赤司はスクリーンを直視しているものの、いきなり驚かせる様な演出には数回ぴくっと肩を震わせていた。そして、名前は大丈夫だろうか、とちらりと名前を見れば、眉間にしわを寄せ、さらに赤司が気付かない程度に赤司の服をぎゅっと握りしめていた。それを見た赤司は不思議と映像よりも名前を見ていることの方が楽しいのでは、と感じた。やがて名前が頑張って映像を見ていたその瞼をぎゅっと閉じた頃、赤司は思わず手を出した。

「握っていたいなら、こっちの方が」

「え、…えっ?!」

突然手を差し出した赤司に話しかけられ、一瞬反応が鈍ったものの、名前はその意味を理解するや否や青くしていた顔を一瞬で赤くさせた。赤司が言うのはつまり、所謂手を繋ぐということで。そんな行為を私がしていいのだろうか、とたじろぐ名前がちらりと赤司の顔色を伺えば、赤司はほら、と優しく急かす。そんな赤司の手に、名前はおずおずと自分の手を軽く乗せ、また、それを確認した赤司は少し強めに名前の手を握った。

(まるで恋人みたい…)

スクリーンをぼんやりと眺めながら名前は掌から伝わる体温を感じていた。手を握ってから何も会話はなくて。それでももうちっとも怖くないし、寧ろ身も心も温まるばかりだ。それに、掌を通してこの鼓動が伝わってしまうのではないかと名前はひやひやした。それから映画が終わるまでずっと手を繋いでいる中、時々赤司がぎゅっと力を込めてくる。それに応えるように名前もぎゅっと握り返す。会話がなくてもそれが何だか幸せで、ずっとこうしていたいと名前は密かに願った。



映画館を出て、2人は近くの喫茶店で少し休憩した。学校のことや、先程観たホラー映画の感想を共有したり。普段向かい合ってここまで会話をすることがなかった為か、2人にとって特別で穏やかな時間が流れ、そしてそんな時間はやはりあっという間に過ぎていくのだった。少し陽が落ちてきた頃には、最初に待ち合わせした駅に到着した。てっきりここで今日はお別れだと思っていた名前は、赤司が送って行くと言った時に、再び恋人の様だと感じて頬を染めて、お言葉に甘えて素直に頷いた。

「ありがとう赤司くん…」

「いや、こちらこそ。今日は誘ってくれてありがとう」

真っ直ぐ見つめてありがとうと微笑む赤司を直視できなくなった名前は、さりげなく視線を逸らして俯いた。ふと赤司の手が視界に入り込んできて、映画館でのことを思い出してさらに胸が高鳴った。あの赤司くんと手を繋いでしまった。改めて思うと、自分が途轍もなくすごいことをしていたのだと感じ、名前はこれ以上の幸せはないと自負する反面、なんて事のない帰り道になんて事なく手を繋げるような関係になりたいとも思ってしまう。今だって、また手を繋げたらと密かに願ってしまうし、恋ってどうしても欲が止まらない。

「あ、私の家、ここだよ」

幸せな時間程過ぎるのは早い。待ち合わせの時に駆け足で来た道程がこんなにも短く感じるなんて。住宅街の細道で2人立ち止まって向き合い、見つめ合って微笑む。“今日は本当にありがとう”だなんてお互い何回言い合っているんだろうと思って名前は、ふふ、と笑みを零した。赤司といるときは逃げ出したくなってしまう程緊張して恥ずかしいのに、いざ離れるとやはり寂しいものがあり、すぐに名前は気付かれない程度にしゅん、と俯き、さあお別れしようと顔をあげた瞬間。ふわっと一瞬で赤司の匂いに包み込まれる感覚。背中と頭にそれぞれ軽く回される男の腕。軽く引き寄せられる力。音が何も聞こえなくなった、かと思ったらすぐ側を自動車が通り過ぎる音が聞こえた。エンジンの音が遠ざかるのに何十分もかかった気がした名前がやっと赤司に抱き締められているとわかった時には、もう2人は離れていた。

「…危なかったから」

小さく呟いた赤司のそれを言い訳だと感じてしまうのは都合が良すぎるだろうか。名前は何も言えずに睫毛を伏せて頷いた。じゃあ、と呆気なく赤司は踵を返して去っていく。名前はそんな赤司の背中をずっと見送りながら、何故、と今日一騒がしく鼓動が鳴り響く心の中で問いかけ続けていた。




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