15 語り合おう


「大進歩じゃない!」

翌週名前がハナ子に土曜日の出来事を伝えればハナ子は瞳を輝かせ、まるで自分のことかのように手を取って喜んだ。それでも名前が抱き締められた時のことをよく覚えていないと伝えれば、何故覚えていないのだと先程と打って変わったハナ子から拳骨を喰らった。痛い!と騒ぎながら話しの中心であった赤司を見ればぱちりと視線が合う。何だかここのところ良く目が合うようになり、シンクロしているような気がして嬉しく思えたが、それでもやはり羞恥の方が勝り、名前は慌てて目を逸らして誤魔化すように前髪を撫でた。



放課後委員会があるからとひらひら手を振ったハナ子を見送り、名前は一人騒がしい廊下を歩いていた。今日は特に赤司くんと話さなかったな、と名前は今日一日を少し寂しく振り返ったが、それでも土曜日のデートのことを思い返せばすぐ口元が緩んでしまうくらいには幸せだった。慌ててニヤけた表情を隠して自分のクラスの下駄箱まで歩けば、そこに同じクラスではないかわいい女の子が立っているのに気付いた。

「…ミランダさん?」

声をかければミランダは俯いていた顔をあげ、苗字さん、と意味深な表情で名前を見上げた。どうやら自分に用があるみたいだ、と勘付いた名前はミランダと共に近くの空き教室に入った。

「苗字さん、征十郎と土曜日に遊んだって本当?」

ミランダは力なく笑って名前に問うので、名前はギクリと肩を震わさずにはいられない。二人は正々堂々とライバル同士であり、お互いにそれを認知している為に名前が赤司を誘って出掛けたことは何も悪いことではなかった。しかしライバルを目の前にしてそのことに罪悪感を感じずにはいられなかった。それでも謝るのは何か違うし、強気に答えるのも性に合わない名前は、何とも言えない表情で静かに頷いた。

「そっか…友達が街で見かけたと言っていたの。…でも、私も征十郎と二人で遊んだ訳だし、おあいこだね」

ミランダは一瞬寂しそうに瞳を揺らしたが、すぐに悔しい表情を態と悪戯に見せつけてクスリと笑った。そんな前向きなミランダに名前もホッとして微笑み返す。二人の間に流れる空気が穏やかになるとミランダから、今までゆっくり話したことがなかったから話したいと切り出され、名前もそれに快く答えた。

「私と征十郎は再従兄弟なの。」

突然ミランダから切り出された話に名前は穏やかな雰囲気を壊すように叫び声をあげた。ミランダはそんな名前の反応を予想していたのかクスクスと笑った。

「とは言っても高校に入って久しぶりに会ったの。昔はよく一緒に遊んだのよ。それでもやっぱり高校で再会したら征十郎はどこか他人行儀で…異性だから仕方ないのかな。名前に“さん”って付けられた時はちょっとショックだったけど」

「そうだったの…」

「最初は昔みたいに話したいって思ってもう一度友達になれるように頑張ってたんだけどね、気付いたら一人の男の子として好きになっていたの。」

少し照れくさそうにはにかむミランダを見つめながら、名前は自分も少し照れながら全力で頷いた。だって赤司くん、かっこいいもんね!と同調すればミランダはふふ、と笑って頷いた。

「苗字さんは、どうして征十郎を?」

苗字は突然自分に話を振られたことに動揺し、すぐに手をぶんぶんと振って拒否した。

「わ、私は全然大したことない理由だから!」

ミランダの恋の始まりを聞いたら何だか此方が恥ずかしくなってしまって、名前はとても言い出せないと思った。ミランダも追求するようなことはせずに、そう、とふんわり笑って話を流してくれた。

「征十郎、かっこいいもんね」

「そうなの!でもそれだけじゃないの!すっごく優しくて、芯が強くて、…」

「…嬉しいのね。こんな風に恋のお話するのって」

話の途中でクスクス笑い出したミランダの表情が何処か切なくて、名前は思わず語り出した口を塞いだ。

「恋の話したことないの…?」

「友達に話してもね、容姿がいいから大丈夫だって。そればっかりなの。何を相談しても結果そう言われるだけ」

ミランダはいよいよ笑顔を見せなくなる。しゅんと項垂れて、それは何処か諦めたような表情だった。名前は、いじけたように足をぷらぷら遊ばせるミランダを奮い立たせるように声を少し荒げた。

「確かに容姿は大事だよ!目に見えてわかりやすい最大の武器だもん、ミランダさんはかわいくて美人で…それも凄い強みだけど、それでもミランダさんの素敵なところはもっと他にもあるのに!」

ミランダは突然強気に声を張り上げた名前に吃驚したものの、力なく謙遜する。そんなミランダの様子を見て、名前はさらに励まそうと勢い良く首を横に振った。

「ミランダさんと赤司くんが話してるとこ、私、今までいっぱい見てきたの。いつも凄いなって思ってた…あんな風に積極的で前向きで、そんな姿が健気でかわいくて。きっとミランダさんみたいな人が恋を成就させるんだろうなって。私はいつもひっそり見るだけで、ネガティブなの。そのくせにいつか恋が叶えばいいなんて。意気地なし、かわいくない…そんな私はいつもミランダさんが羨ましくて悔しくて。だからこそ私は今初めて恋に対して自分で努力することができてる、ミランダさんのおかげ…」

名前が話していく度にミランダの表情は、切なそうな嬉しそうな、いっぱいいっぱいの表情になっていった。そして何故かミランダ以上に瞳を潤ませて、ね?と笑いかける名前に対し、ミランダは漸く笑顔を見せた。

「ありがとう…そう言ってくれてとても嬉しい」

謙遜することなく素直に受け入れたミランダに、名前も微笑み返した。褒めて褒められて、お互い何処か恥ずかしそうにしながら温かい沈黙が流れていた。そして突然ミランダはクスッと笑った。

「苗字さんはすぐに自分のことを貶すけど、私は苗字さんが教えてくれる素敵な私より、苗字さんの方が素敵だと思うよ」

名前は突如学校一の美女から褒められたことに、思わず後退って顔を青くした。

「い、いえ!私なんて本当赤司くんを好きだなんて烏滸がましい位の人間で…」

「征十郎もね、苗字さんのそういう素敵なところをちゃんと見てくれる人だと思うよ」

柔らかな微笑みの中に意志の強さを感じて、名前は黙って大人しく座り直した。にこにこ笑って見つめてくるミランダの視線が恥ずかしくて目を逸らして誤魔化す。名前は自分の素敵なところなんて全く見当がつかず、眉間に皺を寄せていると、“きっといつか教えてくれるよ”と立ち上がるミランダに心を見透かされる。しかし、一体誰が教えてくれるのか。そんな疑問は、さあ帰ろうと手を引いてくれたミランダに掻き消されて、名前は忘れてしまうのだった。




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