16 恋に落ちた


私が初めて赤司くんと出会ったのは、高校1年生の入学式の日だった。

「隣のクラスの赤司っていう男の子、めちゃくちゃかっこいいんだって!」

1年生、4月。入学式を終えて教室に戻り、指定された自分の席に座る。早く友達を作らなくてはとそわそわしていた私の目の前で、名前もまだ知らないクラスメートの女の子達がお互いの自己紹介を手短に済ませて、何やら興奮した様子で隣のクラスへ走っていった。(赤…?)そのまま大人しく席に着いていれば、聞こえてくるのはやはり“赤司”という男の子の名前だった。入学したばかりだと言うのに、クラスの女子の殆どが“赤司くん”とやらの話題で盛り上がっている。私は流される様に席を立ってずかずかと隣のクラスへ向かった。この時の私は赤司くんに興味があった訳ではない。ただ単に女の子の会話に付いていかなければと焦っていたのだ。隣のクラスの人集りにギョッとしつつも、人の波を掻き分けながら潜り抜け、漸くクラスを覗くことができた。そして私は、一目で、赤司くんという人を見つけてしまったのだ。興味が無かった私でも、ハッと息を呑むほどの雰囲気だった。一際目立つ赤髪を常識外れだと思わせない程の顔立ちと、非対称な瞳の色。確かに赤司くんは美形で、俗に言うイケメンだった。しかしそれを打ち消す程の彼の不穏な風情が、一度は高鳴った胸を沈ませていった。怖い。私が初めて赤司くんに対して抱いた印象はこれだけだった。



2年生、4月。クラス替えがあった。なかなか見つからない自分の名前を必死に探していた時、目で追った最後のクラスの一番上に、“赤司征十郎”という名前を見つけてヒヤリとした。まさか、と思って名前を下に辿っていけば、やはり苗字名前という自分の名前を見つけてしまった。その後、関わらなければきっと大丈夫だ、と自分に言い聞かせて恐る恐る教室に入った時のことを、私は今でも鮮明に覚えている。約1年ぶりに彼の顔をまともに見た。まず、両目共に綺麗な赤色だったので、あれ?と思った。私の見間違いだったのだろうか、何処か彼の纏う雰囲気も穏やかな物になっていた。しかし初めて彼を見た時の印象がどうしても拭いきれずに、私は彼の周囲に集まるクラスメートを避ける様にして自分の席に着いた。



「…!」

2年生、5月。ハッとして上体を起こす。見計らった様に鳴ったチャイムが誰も居ない教室に響き渡り、私の脳を覚醒させる。どうやらHR後にそのまま眠りについてしまったらしい。最近凄く仲良くなったハナ子でさえも起こしてくれなかったのだから、私は相当爆睡していたんだろう。幸いにもまだ完璧に暗くなった訳ではない空は見事な夕陽で、教室一面が紅に染まっていた。なんだかこの時間に帰るのも面倒だと感じてしまった私は、再び机に顔を埋めた。このまま学校に泊まりたいな、だなんて冗談を心の中で呟いていたその時だった。教室の扉のガラス越しによく見知った赤髪が揺れたのが見えた。(やばい、赤司くんだ…!)すぐにガラッと扉が開けられて、恐怖を感じた私は反射的に目を閉じて狸寝入りをしてしまった。

「…」

赤司くんはきっと教室で爆睡している私の姿を見て、驚いたに違いない。教室に用があっただろうに、彼は数秒間ドアの前で足を止めたままだった。こつこつ、と足音が聞こえ始めて私は祈る。(早く出てって…!)しかしそんな祈りは天に届かず、大体予想はしていたけれど、赤司くんは私の真横で歩みを止めた。

「寝ているのか…?」

控え目な赤司くんの声が聞こえた。赤司くんってこんな優しい声だったんだ、と初めて彼の声を聞いた気がする私はピクリと動いてしまいそうになったが、何とか耐えた。妙に間がある沈黙は、赤司くんの困惑した様子を物語っていた。暫くして赤司くんは私を揺すり起こそうと肩に手をかけたが、頑として起きようとしない私に痺れを切らし、とうとう起こすのを諦めたようで、その手を止めた。流石にここまでして起きないのは不自然すぎたかもしれない。もしかしたら赤司くんは気付いていたのかも、とさえ思う。そんな時、ふわっと上半身に何かが掛けられる。(え…)吃驚した私は、赤司くんが教室を出て行った後すぐに起き上がった。何かが床に落ちる。振り返ればそれは男子の灰色のブレザーだった。それを拾って手で少し叩いて埃を取り、内側のタグをこっそり見れば、やはり赤司と書かれていた。(赤司くんって、優しい…)今までの赤司くんのイメージとのギャップに困惑した私は、気持ちを落ち着かせようとそのブレザーを畳んで彼の机の上にそっと置いた。



次の日、私は赤司くんにどうしてもお礼が言いたかった。赤司くんが私の前を通る度に、休み時間になる度に、ありがとうって言わなきゃと思った。でもそう思えば思うほど緊張して足も動かなかった。ちらちらとずっと目で追っていても意味がないと言うのに、私はずっと赤司くんを見ていた。結局お礼は言えずに、次の日も、またその次の日も、赤司くんの事をずっと見ているだけだった。そしてわかったのは、赤司くんはとても優しい男の子で、知れば知るほどその性格の良さに惹かれていく私がいた。そしていつの間にか、私は別の理由で赤司くんのことを見つめるようになっていた。赤司くんのことを、好きになっていたのだ。自覚したら最後、私は余計意識しすぎて赤司くんと関われなくなっていった。それでもいつかこの恋が叶えばいいと、ひっそり祈っていた。



「名前、昼休み終わるわよ」

2年生、12月。名前はハナ子の言葉にハッと目を覚ます。教室の窓側でお昼を食べた後の日向ぼっこをしている内に、どうやら寝てしまったらしい。ガバッと起き上がると、その所為で何かがハラリと落ちる。吃驚して振り返れば、ハナ子がいつも使っている膝掛けで。一瞬で大切な記憶が蘇る感覚に名前はゆるりと一度瞬きをした。床に落ちたそれを拾って手で叩いて埃を取る。こんなことが、前にもあった。

「ちょっと、なに膝掛けと見つめ合ってんの」

怪訝な表情でハナ子は静止してしまった名前の顔色を伺う。名前は視線をそのままに、幸せそうに柔らかな微笑みを浮かべた。

「懐かしいなって思って…」

何が何だかわからないハナ子は、何だと聞いてもはぐらかしそうな名前の表情を見て口を紡いだ。取り敢えず、ふーん、と興味なさそうに言ってやる。案の定それきり語り出そうとしない名前を横目に、ハナ子は再び携帯を弄り始めた。




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