17 好きすぎて
「何あれ。他校のスポーツ集団?」
放課後にだらだらと名前と雑談しながら自分の教室に入り浸っていたハナ子は、大して興味なさそうに窓の外を見下ろした。
「あ、今日うちのバスケ部と練習試合する高校らしいよ。この間ミランダさんが言ってた」
人数多いね、と名前は呑気にハナ子の真似をして窓の外を見た。ハナ子は名前のその言葉を聞いてぴしゃりと動きを止めた。謎の冷や汗をかきながらハナ子は視線を変えた。
「…そー言えば名前って、バスケ部見に行ったことあるの?」
「え?ないけど…」
キョトンと目を丸くして見つめてくる名前を見て、ハナ子は信じられないと叫ぶ力もなく溜息を吐いた。好きな人の部活姿を見たいと思うのは、恋する乙女なら普通のことではないのだろうか。ハナ子が怪訝な顔付きでそう問えば、名前はほんのり頬を染めた。
「だ、だって赤司くんのバスケしてる姿見ちゃったら、もっと好きになっちゃいそうで怖いんだもん…」
言った後で恥ずかしそうに頬を両手で覆う名前をハナ子は白い目で見つめ、そして勢い良く名前の腕を掴んだ。
「行くわよ」
「え?!」
「練習試合、応援しに行くわよ」
ずかずかと歩き始めたハナ子に引っ張られながら、名前は「ハナ子ちゃん私の話聞いてた?!」と反論する。キャンキャン喚く名前に対してハナ子は喝を入れるようにデコピンをお見舞いした。
「何が怖いよ!バスケしてる赤司くんなんて1番かっこいいに決まってるじゃない!妙に頑固な考え方の所為で、好きな人の1番かっこいい姿を見れるっていう幸せを自分で逃してるのよ、名前は!」
「だって絶対やばいから!赤司くんがかっこよすぎて絶対死んじゃうから私!」
死ぬもんか!ハナ子は嫌がる名前をずるずる引っ張りながら、体育館を目指して歩いた。
▽
「流石に人気ね、うちのバスケ部は」
普段の練習でさえチラホラ見学者がいることを知っていたハナ子は、練習試合がある今日の見学者の数の多さを予想しつつもやはり驚かずにはいられなかった。洛山生と相手校の生徒以外の何処だかわからない高校の生徒までも見学に訪れているこの状況に、名前は腰を抜かしそうになり、その見学者でごった返す騒音の中に、赤司様と叫ぶ女子の黄色い声援が聞こえて耳を塞ぎたくなった。
「や、やっぱり無理だよハナ子ちゃん…」
「名前、こっち!」
たじろぐ名前を引っ張ったハナ子は、人の群れが出来ている扉の反対側の扉へ向かった。開いていない扉を勝手に開けるハナ子に冷や冷やしたものの、誰にも注意されることがないので名前は一先ず安心した。
(あ、赤司くんだ…)
何やらレギュラーを集めて作戦会議をしている様だった。メンバーの中心となって真剣な表情で的確な指示を出す赤司の姿に、名前は早速胸を高鳴らせる。いつもは制服に隠れているがバスケ独特のユニフォームにより晒された赤司の二の腕や脹脛が、予想よりも遥かに男らしくて名前は直視できなかった。
「試合、始まるわね」
やがて試合が始まると、名前は素人ながら夢中になってボールを目で追いかけた。迫力と熱気がこちらまで伝わってくる感覚にぴりりと痺れながらも、集中している赤司を一瞥しては頬を染めた。
「や、やばい…かっこよすぎて…」
はわわ、と震える名前を見て、ハナ子はニヤリと笑みを浮かべた。初めこそ嫌がっていたものの、やはり名前は嬉しそうだったのだ。無理矢理連れてきて良かったとハナ子は心の中で呟いた。最初のインターバルに差し掛かる時、名前が熱く赤司を見つめていれば、一瞬ぱちりと目が合った。その瞬間に名前は羞恥からびくりと肩を揺らしたが、赤司は名前以上に吃驚していた様だった。しかし赤司が表情を崩したのは一瞬だけで、すぐに試合への集中を取り戻し、名前から視線を逸らした。
▽
試合ももう終盤で、洛山の圧倒的な点数を見て満足した見学者の半分はいなくなっていた。
「私はもう帰るけど、名前はどうする?」
「…私は、まだ見てるよ」
控え目に告げた名前の返答を予想していたハナ子は、わかった、と笑って帰っていった。ハナ子を見送った視線を元に戻した名前は、感嘆の息を漏らして赤司を見つめた。顎に伝う汗を腕で拭う仕草や、跳躍した際にちらりと見える腹筋に胸がきゅんと鳴る。正確なパスと気持ち良く入るシュートを何本も熟していく赤司のかっこよさと言ったら、もう既に何本も矢が刺さった名前のハートをさらに射抜いてくる様だった。結局最後の最後まで見学してしまった名前は、モップがけの一年生に声を掛けられてやっと我に返り、帰宅したのだった。
▽
「あ、赤司くんおはよう…」
次の日の朝、いつも通りに挨拶をしてきた名前を見て、赤司は足をぴたりと止めてじいっと名前を見つめた。名前は昨日の赤司の部活での熱い姿を思い出して胸がいっぱいいっぱいになりながらも、赤司を見上げた。
「苗字さん、昨日…部活見に来てくれてたよね」
「う、うん!凄かったよ…!赤司くん、本当かっ…、お、お疲れ様!」
言いかけた言葉はやはりまだ名前が口にするには早かったようで、名前は顔を真っ赤にさせて誤魔化した。すると、赤司は優しい表情で名前を見下ろした。ありがとう、といつもより小さめなその声は、いつもより深く丁寧に感じる。そして、名前を見つめるその赤司の表情が今までに見たことのないような笑顔だったので、名前は思わず口を少し開いて見惚れてしまった。
「…また、いつでも見に来てくれると嬉しいよ」
そう言って赤司は自分の席へ歩いて行った。(う、嬉しいのか…!)名前は赤司が嬉しいと思ってくれたことが何より嬉しかった。迷惑でないのなら毎日でも見に行きたいくらいだ、と思ったが、流石に毎日来られたら困るかな、と考え改めてたまに見学しに行こうと心を躍らせた。好きになりすぎてどうしよう、なんてもう考えられないほど赤司に深くはまっていく自分にうきうきしながら、名前は朝から幸せな気分に浸っていた。
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