03 物理的距離

「距離を縮めるのよ、物理的な距離を」

赤司と名前は同じクラスメートということ以外に共通点が全くなく、会話せざるを得ない状況にすらならないのが現実だった。挨拶を交わすという最初の課題をクリアしたことで、少し勇気が出た名前は素直に頑張ってみるよ!と意気込むのだった。



お昼休みになる。名前はすぐにハナ子の元へ駆け寄り、二人で赤司の行動をじっと観察した。

「赤司くん、いつもお昼はどこへ行ってるんだろう」

「そういえば教室で食べてるところ見たことがないわね」

身の回りの整理整頓を終えた赤司は、今日もやはり席を立つのであった。教室から出て行った赤司を確認すると、ハナ子は名前の腕を掴んだ。

「よし、行くわよ」

「ら、ラジャ!」

赤司を追跡する二人の姿はスパイさながらであった。壁という壁を駆使して見を潜め、それでも視線は赤司から逸らさずに確実に捕らえて後を追いかけた。そんな間もやはり赤司は人気者で、すれ違う男女に声を掛けられれば一人ひとりに丁寧に返事を返していた。

「あ、赤司くん…!好き…!」

「わかったから、ほら行くわよ」



追跡劇にも飽きて普通に赤司の後を付いていけば、やがて食堂に辿り着いた。スムーズに昼食を受け取る赤司を目で追えば、背の高い男の人の集団が座っている場所に腰を下ろした。

「あの人たちって、確かバスケ部よね」

「先輩も一緒だよね、仲良しなんだね」

「名前、チャンスよ!」

赤司くんの隣の席が空いてる!ハナ子は興奮気味に、無抵抗の名前の腕を引っ張る。名前は、ハナ子がしようとしていることを察知するなり、顔を真っ赤にしながら全力で拒否した。

「むっ無理!死ぬ!死んじゃう!」

「死なないでしょ!ほら早く!」

ハナ子は早々に食券をちゃっかり2枚購入して、名前に手渡した。名前は沸騰しそうな頭の中では冷静に今日母に作ってもらった弁当の存在を思い出していた。そしてそれを控え目にハナ子に言えば、やはりハナ子も弁当を用意していたらしい。しかしハナ子はやけにいい笑顔で、今日くらい胃袋の限界に挑戦してやるわよと言った。自分のためにここまで付き合ってくれるハナ子の優しさに感動しつつも、まさかお昼に2食食べるだなんて想像していなかった名前は、せめて夕飯にしようよ、とハナ子を説得した。



いざトレイを手にすると、朝の挨拶の比ではない程の緊張感が名前を襲った。ハナ子は名前の後ろにぴったりくっついて、早く、と急かしてくる。促されるように赤司へと視線を移せば、仲間達と談笑しながら優雅に昼食をとっていた。まだ隣の席は空いている。今ならいける…!一歩一歩、赤司へと近づいていく。他にも席は空いているのに敢えて赤司の真隣に座る不自然さときたら最早自分でも気持ち悪く感じるが、ここは恋する乙女の意地である。名前は意を決して、赤司のすぐ側までやって来た。赤司は自分の側の人影に気付くと、視線を上にやった。名前の存在を確認し、やあ、と軽く挨拶をしてくれた。

「あ、あの、赤司くん、隣座ってもいいかな?」

自然と小さくなってしまう声も赤司は拾ってくれたようで、この不自然さには目もくれず、名前を見つめながらにこっと微笑んだ。

「ああ、構わないよ」

そう言うと赤司は隣の椅子を軽く引いてくれた。そんなさりげない優しさにキュンとしながらも、名前はそれを表に出さぬように少しだけ俯いた。

「あ、ありがとう…」

名前がちらっとハナ子を見ると、ハナ子は軽く微笑み、名前の前の席に腰を下ろした。名前もそれにならって腰を下ろす。想像していたより隣が近くてドキドキしてしまい、とても食事が喉を通りそうになかった。

「征ちゃん、この子は?」

「ああ、俺のクラスメートだよ」

「ふーん…」

赤司の前に座っていた女、いや、男の人がじいっと名前を見つめる。名前はあの赤司が”征ちゃん”と呼ばれたことに、口に含んだスープを吹き出しそうになったがどうにか堪えた。そして赤司の前に座る男に軽く会釈をしたが、まるで品定めでもするかのようなその視線にびくっと体を震わせた。やがて男はにっこり微笑むと、まるで何事もなかったかのように仲間の会話の中に溶け込んで行った。

「そういえば苗字さん、今朝は挨拶をしてくれたね」

「あ…っ!うん、びっくりしたよねいきなりで…ごめんね」

「いや、嬉しかったよ。ありがとう」

ストレートに気持ちを伝えてくれる。赤司のこういうところが好きだと名前は思った。今朝の行動を変に思われていなかったということに安心した名前は、自然と笑みを溢して、赤司に微笑んだ。赤司もそれに微笑んで返して、二人の間に穏やかな時間が流れる様をハナ子は嬉しそうに見守った。

「じゃあ、苗字さんはこれからも挨拶をしてくれると期待してもいいかい」

「え!も、もちろん!」

食いつき気味に嬉しそうに答える名前を見て、赤司はくすくすと笑った。それを見て名前はハッとし、(あからさますぎた!)恥ずかしさを誤魔化すように水を口に含んだ。

「苗字さんって犬みたいだね」

犬…?ぽかんと口を開けた名前を見て、ハナ子はついに吹き出した。ハナ子も今の名前に、ぶんぶんと左右に揺れる尻尾と耳が見えたのだそうだ。褒められているのかそうではないのか曖昧で、複雑な気持ちになった名前は、取り敢えずえへへと笑って漸く主菜に手をつけたのだった。




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