04 心理的距離
「そうしたら心理的に踏み込んでいけるの」
あれから赤司と名前は毎日欠かさずに挨拶をするようになり、それに伴い名前の異常なまでの緊張感も解れ、表情も穏やかになって来た頃、ハナ子は名前と赤司の関係をより深める為の作戦を提案した。
「ど、どうしたらいいかなあ?」
登校中に下駄箱で偶然鉢合わせしたハナ子と名前。ハナ子は開口一番作戦のことを告げ、その具体的な内容を名前の肩をぐいっと引き寄せ、小声で話し始めた。
「いい?共通点を見つけることが一番手っ取り早いの」
「あの赤司くんと私の共通点なんてそうそう無い気がするよ…」
瞳をキラキラと輝かせ、期待に満ちた眼差しでハナ子の作戦を聞き始めた名前の瞳から一気に光が無くなる。しょぼくれる名前の制服の裾を奮い立たせるように引き寄せれば、名前はびっくりしたような顔でハナ子を見上げた。
「何言ってんの。無理矢理作ればいいのよ」
「む、無理矢理?」
悪い笑顔を浮かべ、そう告げたハナ子はそれでも名前が理解していない様を見て、呆れたように溜息を吐いた後、再び悪戯な笑みを浮かべた。
「話を合わせちゃえばいいのよ」
▽
「おはよう、赤司くん」
「おはよう、苗字さん」
いつも通りに朝の挨拶を交わした後、名前は頬を緩ませて幸福感に包まれながら、それでも頭の片隅にある本日課せられたミッションを思い出しては、じわりと手に汗をかいているのを感じた。HRも終わり、教室移動の無い授業の合間を見計らって、ついに名前はミッションを実行するべく、汗ばむ拳をぎゅっと握りながら赤司に近づいていく。
「あ、赤司くん…!」
「苗字さん、どうしたの?」
「あのね…ッ!いつも、音楽とか…なに聞くの…!」
スカートの裾をぎゅっと握りしめて、顔を真っ赤にさせた名前がわざわざ自分の元へやって来て話しかけてきた事が、あまりにも何て事のないただの雑談だったことに赤司は目を丸くさせた。名前がそんな赤司を見て慌てて何かを弁解するように、身振り手振りの表現が活発になってきたところで、赤司はその必死な姿に表情を和らげた。
「そうだね…部屋にいる時はよくクラシック音楽を流しているよ」
赤司らしいと言えば赤司らしいのに、そんな返答を全く予想していなかった名前は瞬時に動揺する。ハナ子の作戦はこうだった。好きな音楽が一緒であるという共通点を無理矢理作り上げてしまうことで、話題作りやCDの貸し借り等の自然な会話と関係が難なく作れる。そして、好きな音楽が一緒であるということだけで一気に親近感が湧き、心の距離が縮まる、と。ベタと言えばベタだが、それ故王道な方法なのである。名前は自分の音楽知識にさほど自信はなかったものの、流行の曲なら割と良く知っている方であったし、音楽を聴くこと自体は好きだったので、これならもし赤司が自分の知らないアーティストを好きだったとしてもそこから話を広げられると思っていた。しかしそれはあの赤司の攻略法としては甘かったのだ。流石の名前もクラシックという若者にしては少々マニアックなジャンルに対する知識は全く持ち合わせていなかった。しかもクラシックとなると、これまた専門的な用語も増える。名前が顔を青くして暫し無言になっていると、赤司が心配そうに顔を覗き込んだ。
「苗字さん?どうかした?」
「あ、いや、クラシック!ぐ、偶然だなあー!私も好き!」
慌てて口を開けば、ついつい嘘がポロリと溢れた。誤魔化すような乾いた声で笑えば、赤司はハナ子の言う通り、いつもより嬉しそうに話しに食いついてきた。
「本当かい?奇遇だね。管弦楽か吹奏楽か何かやっていたの?」
「え、あ、そういう訳では…」
「そうなんだ、ますます珍しいね。今の若い人達はクラシックなんて、中々聞かないだろう」
赤司がちょっぴり眉毛を下げてそう話すものだから、名前は心の中で今日からクラシックの勉強をしようと固く誓った。そして、当初の予定通りミッションの第二段階への扉を叩く。
「あの、もし良かったらCD借りたいな…なんて」
自分から話を持ちかけておいてさらに頼み事をするなんて、と気が引けた名前は両手の人差し指をつんと合わせて視線を逸らした。
「全然、構わないよ。寧ろ話を共有できて嬉しいくらいだ」
明日おすすめのCDを持ってくるよと赤司が微笑む。嫌な顔一つせずに快く引き受けてくれた赤司にさらに惚れ直したところで授業開始を知らせるチャイムが教室内に響いた。それを聞いて、名前は赤司に小さく手を振り、危うくスキップしそうになりながらぱたぱたと自分の席へ戻っていった。そんな名前を廊下の陰からひっそりと見ていた少女も、チャイムを聞いて静かに踵を返して歩き出していった。
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