05 微かな期待


「おはよう、赤司くん」

「やあ、苗字さん」

次の日の朝、赤司は名前の顔を見て何かを思い出した様で、鞄の中を覗き込んだ。そして赤司から手渡されるそれは2枚のクラシックCDだった。あ、と思い赤司をぱっと見上げれば、少し首を傾けて嬉しそうに名前を見つめていた。

「昨日言っていたCDだよ。聴いたら是非感想を聞かせてね」

「う、うん!ありがとう」

そう言って離れていく赤司を少しだけ目で追い確認してから、名前はCDを見つめてだらしなく頬を緩ませた。(赤司くんの私物…!)少々変態チックな思考を巡らせてしまったことに気付いた名前は、慌てて何かを振り切るように首を振る。そして昼休みにハナ子に自慢をすれば、口元緩んでるわよと嬉しそうに小突かれた。



その日、名前は帰宅して部屋に入るや否や赤司から借りたCDをミュージックプレイヤーにセットして再生ボタンを押した。成る程赤司によく似合う音が部屋に流れ出した。いつもならすぐに部屋着に着替える名前だが、今日は音に流されるままにふらりと椅子に大人しく座って耳を澄ませた。

「ピアノ…どびゅっしー…」

CDケースに書かれたそれを指でなぞりながら呟く。もう一枚の方のCDを手に取る。こちらはオーケストラのCDのようだった。ホルストの『惑星』。赤司のお気に入りというものを自分も好きになりたいという一心で、名前は両手を使って頬杖をつきながら只管耳を傾けていた。細やかな指使いで流れるように、それでも確実に鍵盤を走っていく。音の数では指が忙しなく動いている様子が分かるのに、伝わってくるのは穏やかなメロディー。赤司は一体、どんな気持ちでいつも聴いているのだろう。他にはどれくらいCDを持っているのだろう。名前はそんなことを考えながら、やがてうとうとし始めたその瞼をゆっくりと閉じた。



名前は珍しく走っていた。髪を乱しながら階段を駆け上がっていく。チャイムの音が鳴り響き、タイムリミットを告げるが、どうやら間に合うようである。間一髪で先生より先に教室に入ることができた。ガラッと勢い良く教室のドアを開ければ、教室は未だに騒がしかったものの、既に朝練を終えた赤司が席に着いていて、お互いのその視線が交じり合う。にこりといつもの爽やかな笑顔を向けてくれる赤司に対して、名前は乱れた前髪を慌てて撫でつけて少し俯きながら会釈で答えた。あがった息を整えながら席に着く。その際に、鞄の中に入った小さなピンクの包みをこっそり確認しながら。



「CDのお返しに手作りのお菓子を渡す。これも鉄則でしょ」

ハナ子の台詞が頭の中に駆け巡ったのは、23時頃であった。ハッと目を覚ました名前は、霞む視界と記憶を覚ますように目を擦り身体を起こした。机に伏せる形で寝てしまった為に身体の節々が悲鳴をあげていた。目の前のCDケースを見て一気に記憶が蘇り、自分が大して聴かないうちに寝てしまったことと、お風呂と宿題の後にお菓子を作るのには既に時間が遅すぎたということを激しく後悔した。(徹夜だ…)そう覚悟はしたもののやはり睡魔には勝てず、身支度等明日の準備と赤司へのお菓子のラッピングを終えた明け方4時頃に、名前は目覚ましもかけないまま眠ってしまったのであった。



そして今に至る。名前とハナ子のシュミレーションでは、朝の挨拶を交わした際に、CDの返却と共にこっそり渡すはずだった。さすがに、授業の合間や昼休みに可愛くラッピングされた小包を人目も気にせず堂々と赤司に渡す勇気が名前には無かったのである。放課後に渡すということも考えたが、部活前の忙しい時に赤司を呼び止めるのは名前も少し気が引けた。しかしこうなってしまった以上、放課後しかない。名前は息を落ち着かせながら、昨日幸せな気持ちでお菓子を作っていた自分のことを思い出していた。





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