【 社会人四年目 夏 】

 スヴニールのショーケースに、わたしがデコレーションしたケーキがいくつも並ぶようになった。
 パイピングは全神経を集中させるので、母の日などのイベントは没頭することができる。
 とはいえ、やっぱり夏は暇だ。いつもありがとう≠ニいう装飾を繰り返しているうちに、ふとセンチメンタルな気分に襲われる。

 あの寒々しい冬空の下、わたしは自分の荷物を抱えて研磨の家を飛び出した。
 しばらくは別れというものを理解できず、捨てられた子犬のようにきょとんとした顔で過ごしていた。
 バレンタイン、ホワイトデー、慌ただしい日々に忙殺されて、春、ようやく雪溶けしたところにあらわれた、ぽっかりと穴の空いた心。
 わたしはブリキのおもちゃみたいに身軽だった。すっきりと軽やかで、薄っぺらい。
 これでよかった、と思う。きっとこうするしかなかった、とも。研磨はそれをわかっていて、わたしを解放してくれたのだ。

 ひどいことを言ってしまったこと、謝りたかった。トーク画面を開いては閉じ、開いては閉じ、研磨のアイコンが下の方に押し流されていく。
 元気?¥揩ツけておきながら、それを訊く資格はない。それに、研磨が飄々ひょうひょうと配信している姿を見る勇気もない。
 ヘンゼルが飲み込まれていくところを、わたしはきっと、黙ったまま見つめている。

 帰り道、家電量販店で二年前に発売されたモンハンの中古ソフトを見つけた。
 いまさら購入してしまう。対応のゲーム機本体とセットで。
 社会人四年目、まだまだ給料は少ないけど、実家に帰省し寄生しているわたしにとって、そこまで痛い出費ではない。
 結婚して家を出た兄の部屋に閉じこもって、久しぶりにモンハンをやった。序盤のモンスターに苦戦して、苦笑する。わたしも腕が落ちたな。救難信号を発射したら、KODZUKENは駆けつけてくれるだろうか。今やオンライン通信が主流となり、莫大な数のハンターが蔓延っている世界で、そんな奇跡は起こり得ない。

──後悔するぞ!

 いつかの兄の言葉がよみがえる。
 あの日、目まぐるしい日々を過ごしていた二年前のあの日、研磨と一緒に新品のゲームソフトを買っていたら、なにかが変わっていたのだろうか。


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