【 高校二年生 春 】

 クラス替えをして新しく友達になった子は誰もモンハンをやっていなかった。
 男の子は何人か教室でやっているのを見かけたけど、声をかける勇気はなく、単調な新学期を過ごした。
 放課後、わたしは今日も兄の部屋で、知らない誰かとゲームをしていた。

「──えっ」

 難しいクエストの途中、ピンチになって救難信号を発射したらKODZUKENが駆けつけてくれた。それからKODZUKEN2≠ニいう人物も。
 いったいどういうことだろう? 不審に思いながらプレイしてみると、KODZUKENはいつも通りのスーパープレイで、2≠フ方は少し劣って見えた。
 まさか二台同時プレイなんてことが可能なのかしら? 感心しながら黙って手を動かす。わたしは機械には疎い。
 そして討伐が無事に完了したとき、あることに気づきハッと息を呑む。

「──あ、やばっ……!」

 ほとんど反射的にヘッドセットの電源を切る。兄が友人とマルチプレイするときに使用するヘッドセット。マイクのランプが光っていた。どうやら電源がつけっぱなしになっていたらしい。
 わたしは赤くなったり青くなったりしながらしばらくそのまま固まった。
 ──だ、大丈夫だよね? ひとりごととか、変なことは何も言ってないよね……?
 知ってか知らずか、KODZUKENは特に何の反応も示さずに退出していった。
 すると、2≠ゥらメッセージが届いた。

KODZUKEN2:[女の子?]
 
 わたしはギクッと肩を揺らして、でもKODZUKENの名前に緊張と興奮を覚えながら慌ててキーボードを叩いた。

CAKEGURUGURU:[はい。いつもありがとうございます]

 ──送信。
 どきどきしながら画面を見つめる。

KODZUKEN2:[どういたしまして^^]




 次の日、教室で友達と話していると、そのうちの一人がモンハンの話題を振ってきた。

「ねぇ、それって四人でモンスター倒すの?」
「そうだよ。やってみる?」

 ゲーム自体に興味があるわけではなさそうだった。画面を覗き込んだ彼女に「CAKEGURUGURU≠チてなに?」と訊かれたので「わたしの名前!」と答えると、「なにそれ〜」とからかわれた。
 それから何の気なしに、顔も知らない人とゲームしているのだということを告げると「えっ」と周りの子も驚かせてしまった。

「それちょっと怖いね」
「えっ、そうかな?」

 わたしは首を傾げる。

「たまにすっごい上手い人にも出会えておもしろいよ。KODZUKENっていう神みたいな人がいてね、昨日も一緒にやったんだけど……」

 斜め前に座っている孤爪くんの肩が少し跳ねた。

「へー、どんな人なんだろうね? ニートかな?」

 きゃはは、と盛り上がる女の子たち。
 いつの間にか話題の中心にいたわたしは、ついに自慢したい気持ちを抑えきれなくなり、「実はね……」と口を開いた。

「今度会うことになるかもしれないんだ」

 すると、彼女らは一転。水を打ったようにしんと静まりかえる。
 あれ? 予想していた反応と違って、わたしは慌てて捲し立てた。

「あっ、あのね、チャットでやりとりして、お互い東京に住んでることがわかって、操作方法とか詳しく教えてあげるから会おうって言ってくれて……」

 ますます顔色が曇っていく友達を見上げて、うっすら冷や汗をかく。
 みんな口を揃えて、「それ大丈夫?」「やめた方がいいんじゃない?」「危ないよ」と怖い顔をしている。

「でも、いつも助けてくれるし、悪い人じゃなさそうだし……」

 わたしの弁護はパワフルな女検事たちによって論破された。曰く、「絶対ダメ!」なのだそう。
 結局、納得いかないまま休み時間が終わり、もやもやしながら放課後まで過ごすことになった。

 HRが終わり、誘われたカラオケはバイトがあるから断った。スクールバッグをぶら下げてとぼとぼ廊下を歩く。

──名前騙されてるって!
──そいつ絶対キモいやつだよ!

 友達の言葉がよみがえり、改めて落ち込む。
 わたしは騙されているのだろうか? みんな好き勝手に言ってるけど、実際に一緒にプレイしたのはわたしだ。きっと彼の良さを知っているのはわたしだけなんだ。ゲームでの立ち振る舞いを思い返せば、そこに答えがあるような気がした。
 ──うん、絶対に悪い人じゃない。
 会ってみたい。どんな人なのか、どんなふうに操作しているのか、知りたい。それから2≠ニいう名前の意味も。
 わたしはひそかに決心して、下駄箱から自分の靴を取り出した。

「あ、あの…………」

 背後から聞こえた小さな声に、ひっと息が止まりそうになる。
 振り向くと、同じクラスの孤爪くんが、俯きがちな前髪の隙間からこちらの様子を窺っている。

「えっ、わたし?」
「うん……」

 孤爪くんはわたしの斜め前の席の男の子だ。新学期早々突然金髪に染めてきた内気な彼とは、たぶんまだ一度も話したことがない。
 
「えっと、どうしたの?」

 引き留めておきながら、孤爪くんはなかなか口を開こうとしなかった。もじもじと視線を彷徨わせて、なにか躊躇っているようにも見える。

「…………ゲームで知り合った人と会うのは、やめた方がいいと思う」

 控えめに忠告する声は消え入りそうで、最後の方はよく聞きとれなかった。
 つまり孤爪くんはわたしと友達の会話を聞いて、釘を刺しにきたようだ。そういえば今日はやけに彼と目が合ったことを思い出す。
 やめた方がいいよ>氛沁U々聞かされた台詞。わたしはちょっぴりうんざりして、地面に靴を置いた。

「あー……でも、一回会ってみたいんだよね。ずっと前から憧れてた人だし。それに、最初はファミレスとかで会えば安全だし、一回だけなら────」
「その人、が本当にその人かどうか、確かめたの?」
「……どういうこと?」

 言っている意味がわからず、見つめ返す。
 孤爪くんは一瞬怯んで、でも負けじと見つめ返してきた。

「えっと、もし全然違う人で、苗字さんが騙されてるとしたら、それはすごく……危険なことだから」

 苗字さん、と呼ばれて少し驚く。いつも一人でゲームばかりしているから、他人には興味がないのだと思っていた。

「でも、名前も一緒だし、わたしのことわかってるみたいだった。たぶん、ううん、きっと間違いなんかじゃない」

 きっぱり言い切ったわたしを見て、孤爪くんは青ざめた。「でも……」となかなか諦めてくれない。
 引っ込み思案な彼が妙に食い下がってくるのはなんだか不気味で、なぜか正しいことを言われているような気さえしてくる。
 らちが明かない。わたしはもう話を切り上げたくてたまらなくなった。

「大丈夫。自分のことは自分で決めるよ。心配してくれてありが────」
「おれ、なんだ」

 リュックのショルダーをぎゅっと握りしめた、孤爪くんの指が震えている。

「え?」

 わたしはぽかんと口を開けて、彼の言葉を待ち構えた。ただならぬ予感がした。

「──KODZUKENって、おれ、なんだ」


back