神の涙で満ちた箱庭



完成図のないパズル


 休日の静まり返った校舎内。その一角にある実験室で、トイは暇を持て余していた。
 任された教師業務は余裕をもって平日に終わらせてある。趣味である研究は論文を書き上げて一区切りついており、目新しく興味をそそられる題材も今のところはない。こうして手の空いているタイミングに限って、気になっていた学術書は全て読破済み。他に趣味らしい趣味を持たない彼女にとって、考えることがない時間は酷く退屈だった。
 普段であれば錬金術の研究に勤しんでいるユリウスが文句を言いながらも構ってくれるが、生憎と本日は学院が依頼を受けた魔獣退治。暇なら代わりに解いておけと渡されたやたらと複雑な構築式も、ユリウスからの珍しい『お願い』に張りきったせいか、あっさり解き終わってしまった。

「あー、もう!今日は一段と退屈すぎるよー!」

「トイちゃん。女の子がスカートで足ばたばたしないの」

 机に突っ伏しながら退屈に対する鬱憤を素直に足で表現するトイ。そんな後輩に対して、斜め向かいで机に向かっていたサイラスは「パンツ見えるよ」とデリカシーの欠片もない忠告を口にする。見えるよ、と言いながらも机に広げたジグソーパズルを完成図片手に眺めており、トイに視線すら向けてはいなかった。
 当然のようにサイラスが構ってくれる気配は微塵もなく、トイの口は自然と尖る。

「あーあ。そろそろ魔獣退治終わったかなー、どんな魔獣だったかなー、もふもふかなー」

 自己主張するかのようにぺちぺちと机を叩きながら声をあげるトイに、パズルのピースを回しては完成図と見比べる作業を繰り返していたサイラスがようやく顔を上げた。指先でピースを弄びながら、首を傾げる。

「そんなに魔獣が気になるなら、ユーリたちに付いていけばよかったのに」

「いや……ただ単に暇なだけで、魔獣に興味はないんだけど」

 律儀に訂正を入れれば、不思議そうに目を瞬かせるサイラス。どうやら本気でトイが魔獣を気にしていると思ったらしい。
 そういえば、この人はそういう人だ。洞察力は鋭いくせに他人の感情に対してだけはめっきり疎い。目を向けることなく周りの状況を正確に把握しているにも関わらず、目の前の後輩が退屈で死にそうだなんて考えてもいないだろう。加えて、自覚がないというのだから手に負えない。

「大体、付いていけばーなんて軽く言ってくれるけれどね、サイラス教師。物理的攻撃力も魔術素養も持たない僕が魔獣討伐なんて、行っても邪魔になるだけだろう?」

「それは確かに。居ても足手まといだね」

「……せめて、もう少しオブラートに包んだ言い方をして欲しかったな」

 事実とはいえさらりと肯定されるのも腹が立つ。腹は立つが目の前にいるのは物理的攻撃力も魔術素養も持つ、文字通り『文武両道』の人間だ。頭脳しか取り柄がないことを自覚しているだけに、ぐうの音も出ない。
 今度は不満から机をぺちぺちと叩くトイに、サイラスは宥めるように笑いかける。

「でも、得手不得手なんて人それぞれだし、トイちゃんの頭の良さは純粋に凄いと思うよ」

 投げかけられるストレートな誉め言葉。
 他人の心証など気にしないサイラスの言葉だ。お世辞でも何でもなく凄いと思ってくれているのだろう。
 ただ、だからこそ、トイは困ったように首を横に振る。

「……そんなことないさ」

 それは謙遜でなければ嫌味でもない。自分の頭の良さなど他人に言われるまでもなく理解しているし、何より自分は『天才』だ。それをトイははっきりと自覚している。
 だからこそ、それが凄いことだとは到底思えない。

「だって、価値あるものさえ無意味にしてしまえるんだからね」

 伏せていた上体を起こし、淡々とした視線を向けてくるトイに、サイラスはただ黙って首を傾げる。そんな彼の目の前に広げられたパズルのピースを指でつついて、トイは続ける。

「パズルの娯楽価値だって、僕の前では意味を為さない。このピースが何処に嵌まるのか、悩まなくても解ってしまうのなら、ただの単純作業に過ぎないだろう?」

 難しい問題を解くだけなら『天才』でなくとも出来ることだ。諦めることなく努力をすれば、誰もが等しく到達することのできる極み。
 しかし、自分はそうではない。物心ついた頃から目に映る大抵の事柄に、悩むより先に答えが用意されていた。情報を整理し、自分の記憶と照会し、解析する能力が圧倒的に長けているのだと、とある高名な脳科学者に言われたことがある。
 パズルだってそうだ。完成図にピースの色と形、情報さえいくつか揃えば自然と答えが見えてしまう。

「物事はね、悩むから楽しいんだよ」

 つついていたピースを最後にぴんと指で弾き、退屈だと再び机に突っ伏すトイ。何処を狙うでもなく適当に弾かれたピースは宙を舞い、物理法則に従って床へと落ちる。
 縦に落ちたピースが床を跳ね、乾いた音を立てて静止するまでを見届けて、サイラスは軽く息を吐いた。

「トイちゃんはさ、頭はいいのに馬鹿だよね」

「……は?」

 唐突に投げられた矛盾した指摘に、トイは思わず伏せていた頭を上げる。
 説明を求めて視線を投げてもサイラスは気にする様子もなく、いつも通りの所作で床のピースを拾い上げて、机に戻す。更に、手にしていたパズルの完成図を折りたたみ、箱ごと机の下に投げ込んだ。

「さて。じゃあ、やろうか」

 状況を把握しきれず困惑したように首を傾げるトイに、対するサイラスは楽しげに微笑む。

「いくらトイちゃんが天才でも、完成図がわからなければ悩まずに完成はさせられないでしょ」

 情報が答えを導く鍵ならば、得る量を限りなく少なくすればいい。単純でありながら大胆なサイラスの提案に、トイは信じられないといった様子で目を瞬かせる。

「でもだね、それだとサイラス教師が」

「僕なら大丈夫だよ。さっきまで眺めてたから大雑把に覚えてるし、正直、ひとりで黙々とやるのも飽きてきたしね」

 袖をひかれて促されるまま、完成図のないパズルの前にトイは立つ。
 ほら、と握らされたのは二辺が直線の四隅のピース。青で着色されたそれは空なのか海なのか、はたまた他の何かであるのか。考えたところで答えはひとつには絞られない。
 その隣でサイラスは脳内の完成図と照らし合わせるように、手にとったピースを観察する。じっくり眺めて、困ったように肩をすくめた。

「これは……思ったより難しそうだね」

 今日中に完成するかな、と首をひねるサイラスの横で、トイは手にしたピースをじっと見つめる。
 全体像も把握していない、数えるのも面倒くさい数の小さな欠片。どうすれば最も効率よく、正確に並べることができるのか。ひたすらに考えながら、トイの顔は自然と綻ぶ。

「……為せば成るよ。なぜなら僕は、天才だからね!」

 自信に満ちた笑顔の裏で回転し続ける脳内に、心が踊る。
 答えが出るまでの、もう暫く。楽しい時間は続いてくれるようだった。





fin.
2017/05/10

name thanks!!


⇒ユリウス(翡奈月あみ さま)

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