神の涙で満ちた箱庭



平凡な幸せの話


 カランカラン──来客を知らせる鐘の音に、ヤノユキは顔を上げる。

「あぁ、いらっしゃい」

「どーも」

 商店の入り口にしては若干重みのある扉を押し開けて入ってきたのは、学院教師であるユリウス。
 毎週のように来店しては素材や道具等を購入していく彼は、学院都市という特殊な立地にあるこの店にとって、学生以外の貴重な常連客だ。学院のお膝元という土地柄、学生が頻繁に購入するような品物の価格はできるだけ抑えるように意識している。結果的に店の利益の大半は、学生が普段使用しないような品物を購入する人──ユリウスのように、趣味や研究に熱心な教師たちに支えられていると言える。
 尤も、ユリウスの小柄な体格と実年齢より幼く見える顔立ちから、暫くは彼のことを学生だと思い込んでいたのだが。真剣な表情で素材を吟味する様子に、随分と勉強熱心な生徒さんだと感心していたことがつい昨日のことのようで、思わず心の声が漏れる。

「……懐かしいなぁ」

「はぁ?」

 顔を合わせるなり感慨深げに呟かれて、怪訝そうに眉をひそめたユリウス。そんな彼にヤノユキは、何でもないよと誤魔化すように首を振る。
 彼と知り合ってから2年は経つが、客と店主以上の付き合いはない。当然、思い出して懐かしむような出来事など限られているわけで。少し突っ込まれれば、彼を子供だと勘違いしていた時期を懐かしんでいたことなど、直ぐに悟られてしまいそうだ。
 貴重な上客の機嫌を損ねることは、出来るだけ避けた方が無難だろう。弁明をするのも面倒くさい。そんな打算と惰性が働いて、話題を変える。

「それより丁度よかったよ、ユリウスくん。昨日、珍しい素材が入荷したんだ。見ていくだろう?」

 手に入れた希少価値の高い素材の名前を並べてみせれば、研究熱心なユリウスの興味は無事にそちらへと移ったようだ。
 店内で待つように告げてから、品物を取りに倉庫への階段を登る。足元に積んでしまっていた荷物もついでに拾って、倉庫の扉に手をかける。

 軋んだ音を立てて開く扉。
 聞き慣れた音に、ふと思う。明日も明後日も、その先もずっと、自分はこんな毎日を繰り返すのだろうか。特に努力をするでもなく、特に怠けることもなく、ただ流れる時間を穏やかに過ごす毎日を。
 そうだとしたら、それは。

「……幸せ、かな」

 少なくとも不幸せではないのだから、そうだろう。良くもなければ悪くもない、至って平凡で平穏な《幸せ》。すぐに手に入れられそうなのに、きっと簡単には手に入らない。
 今日も、嗅ぎ慣れた倉庫特有の少し独特な香りの中で、いつも通りに目的の素材を手に取って、普段と変わらず倉庫を後にする。

 そう、これは、繰り返される平凡な幸せの話。





fin.
2018/10/14

thanks!!


⇒ユリウス(翡奈月あみ さま)

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