優しさと傷
聖女の感謝祭。それは、感謝を伝える日であると同時に、一部の人々にとっては年に一度の恋愛イベント。
そんな一大イベントが近付き、どこか浮き足だった空気の中、女の子たちの会話は専ら『誰にチョコレートをあげるか』という話題で持ちきりである。
そんな可愛らしい話題に交ざることなく、リトヴァは普段通りに授業の準備をしていた。特に興味もなく聞き流していたのだが、ある人物の名前が耳に入り、ふと疑問が湧く。
「……ねぇ、フュンフ」
後ろの席を振り返れば、開いた教科書に視線を落としていたクラスメイトが顔を上げる。
「どうかしました?」
「ちょっと気になっただけなんだけど……セオフィラス先生って、女性よね」
「……えぇ」
少し身を乗り出すようにして囁くように訊ねるリトヴァに、フュンフも声を落として頷く。
武術科教師であるセオフィラスは、女性である。本人も明言することをしないため勘違いしている生徒も非常に多いが、隠しているというわけでもないらしい。
だからこそ、湧いた疑問なのだが。
「……教えてあげた方がいいのかしら」
歓談をするクラスメイトたちの姿を小さく示せば、リトヴァの懸念をフュンフも察したようだ。少し困ったような微笑みを浮かべる。
「野暮な忠告は、なさらない方がいいのではないかしら? 信じる方たちにとって、セオフィラス先生は紛れもない《憧れの男性教師》なのですから」
リトヴァはフュンフの言葉に納得したように頷きながらも、腑に落ちてはいないようだ。再度、クラスメイトを眺めながら首を傾げる。
「でも、あとで傷付いたりしない?」
「それは……どうでしょう」
遅かれ早かれ真実を知って、傷付く生徒も中にはいるのかも知れない。だが、知らないままに卒業して、良い思い出に昇華させる生徒も多いだろう。
「傷付かなくて済む可能性がある人を、いま確実に傷付ける必要は、ないのではないでしょうか」
フュンフが示した考え方は、保守的ではあるが情に叶っているのだろう。なるほどね、と返して膝を支えに頬杖をつけば、リトヴァの口からは独り言のようなため息がもれる。
「……難しいなぁ」
「えぇ、本当に」
大人びた顔で微笑んで、教科書へと視線を戻したフュンフ。そんな彼女を横目に捉えて、心の中で再度ため息を吐く。
「本当に、難儀よね……」
そう口の中だけで呟いて、前を向く。授業開始を告げる鐘が校舎に響いた。
fin.
2019/01/16
