神の涙で満ちた箱庭



トライアングル


 午前中の授業が終了した学院内。一日の折り返しを過ぎて、あと数時間もすれば放課後。そんな期待を含んだ昼休み特有の和やかな空気が、教室には漂っていた。
 しかし、そんな空気など意に介することなく、フィアの厳しい声が響く。それはもう、教室に居た誰もが振り返るほどの苛立ちを滲ませて。

「だーかーら、お前はもう少し大事に扱うべきなんだよ!可愛い俺を!」

「倒置法で強調されたところで、死んでも嫌ですよー」

 あっさりと一蹴されて、フィアはますます不機嫌そうに、目の前に座る金髪の青年──オズワルドを睨み付けた。きつい視線で見下ろされながら、いつもと変わらない爽やかな笑顔を浮かべているオズワルドだが、その瞳には『面倒くさい』という色が隠されることなく浮かんでいる。
 舌打ちをしたい衝動を抑えて、やり場のない苛立ちを流すように、フィアは前髪を掻き上げる。青みがかった銀髪がさらりと揺れて、形の良い額が覗く。陶器のような白い肌に貼り付けられた絆創膏が、酷く不釣り合いだ。
 そして、その絆創膏で隠された傷が、目下、彼が不機嫌真っ只中である最大の原因である。

 事の発端は、午前中に受けた精霊術の授業。
 選択した授業が同じであれば、同学年であるフィアとオズワルドは同じ時間に授業を受ける。それは別に構わない。当然のことだ。授業の形式に文句があるわけではない。
 問題なのは、今日の実技授業でオズワルドが発動した術に煽られた小枝が、組まされていたがゆえに傍に居たフィアの額を掠めたという事実。
 幸いにもただの掠り傷で済み、オズワルドに非があるとまでは言えない、ただの事故。それだけのことなのだが、如何せん二人は相性が悪かった。自他共に認める女好きのオズワルドが男と組まされてやる気を激減させないはずもなく、自他共に認める自己崇拝者であるフィアからして見れば、目が合う度にため息を吐かれては面白いはずもない。
 そんな要因が重なって──むしろ、掠り傷などただのきっかけに過ぎず、フィアがオズワルドに食って掛かる事態となったのだ。

「……ったく、ふざけんなよ。俺の絹のような肌に、傷痕でも残ったらどうしてくれんだ」

 掠り傷程度で傷痕が残るとはフィア自身も思わないが、自分の顔に傷が付いた事実が許しがたい。
 自尊心から昼休みを使ってまで不満をぶつけてくるフィアに、オズワルドはやれやれと肩をすくめる。

「大袈裟ですね。そもそも、謝ったじゃないですかー」

「誠意が足りねーんだよ」

「あと、男の自画自賛なんて見ていて痛々しいです」

「俺が可愛いのは揺るぎない事実だっての!」

 自分の辞書に『謙遜』という単語などないというように、はっきり言い切ったフィアに対して、心の底からどうでもよさそうな視線を送るオズワルド。事態が終息しないまま降りてしまった沈黙に、本人たちではなく周りの空気が重くなる。
 そんな空気を壊すように、オズワルドの後ろから白い頭がひょっこりと顔を覗かせた。

「にゃーん、二人共どったのー? 怖い顔して」

 周囲から漂う緊張感を全く気にすることなく、不思議そうに首を傾げるトーヴァ。そのままオズワルドの金色の髪に顎を乗せて、きょとんとしたようにフィアを凝視する。

「ありゃま。フィアきゅんったら、おでこが可哀想っ。トーヴァが代わってあげたーい」

「駄目ですよー」

 間髪入れずにトーヴァの言葉を否定したオズワルドは、自分の頭上から落ちてくる白い髪に指を絡めて、真摯に続ける。

「トーヴァの愛らしい顔に傷が付くなんて、僕の胸が痛みます」

「やーん、オズきゅん優しいーっ!!!」

 オズワルドの首に腕を回し、本格的に抱き付く形となったトーヴァに、体重をかけられながらも笑顔で許容しているオズワルド。そんな二人に呆れたように嘆息しながら、納得いかねー、とフィアはぼやく。

「トーヴァより俺のが可愛いだろ」

「はははっ、面白くない冗談ですねー。ちゃんと目、見えてます?」

「うるせーな見えてるよ!」

 容赦なく余計な一言を浴びせてくるオズワルドに、机を叩かんばかりの勢いで言い返すフィア。前に流れた髪を払って、腕を組む。

「目が見えてるか怪しいのは、てめぇの方だろうが。『ディーツェ皇国至高の宝玉』とまで呼ばれる俺の美貌がわからねーとはな」

「いぇーす、フィアきゅんは今日も輝くばかりに麗しいのですっ!」

「野郎の美しさなんて、わかりたくもないですよ」

「きゃーん!冷めたオズきゅんもかっくいー!!!」

「トーヴァ、お前どっちの味方だよ!俺を褒め称えといて、浮気かっ」

「浮気なんて、とんでもはっぷん!トーヴァちゃんは博愛主義者なのでーすっ」

 どっち付かずの態度を噛みつかんばかりに非難するフィアに、トーヴァは臆することなく笑顔で言い放つ。オズワルドの髪にうりうりと頬擦りをして、にゃはーと頬を緩めた。
 かと思えば、そうだっ!と思いついたように顔を上げる。オズワルドの首に回していた手をほどき、そのまま彼の腕を取って、空いた方の手でフィアの袖を引いた。

「ねぇ、二人ともっ。せっかくだから、お昼ご飯ご一緒しないー? トーヴァ、お腹空いちゃった〜」

 掴まれた腕をねだるように軽く揺すられて、オズワルドは微笑んで立ち上がる。

「勿論、トーヴァの誘いなら喜んで。二人きりなら、なお良かったんですが」

「はっ。目が節穴な女好きなんて、こっちから願い下げだ。お前のせいで顔に傷は付くわ苛々するわで、散々なんだよ」

 しかめっ面でまくし立てながら、フィアも袖を握られたまま、振り払う素振りは見せなかった。
 そんな二人を引っ張って、トーヴァは軽い足取りで教室を出る。

「いざ!おっひるっごはーんっ」

「おい、トーヴァ。昼飯付き合ってやるんだから、午後はいつも以上に俺を褒め称えろよ」

「おっけ、フィアきゅんっ。トーヴァはいつでも準備万端よー」

「僕は嫌ですね、死んでも」

「わざわざ倒置法で強調しなくても、お前には期待してねーよ!」

 自分を挟んで、頭の位置で交わされる息の合った応酬。うんうん、と満足そうに頷いて、トーヴァは笑みを零す。

「オズきゅんとフィアきゅんは、仲良しさんねー?」

「はぁ? 冗談じゃねぇ」

「それ、僕の台詞ですよー」

 トーヴァを交えて賑やかに言い争う声が遠ざかり、教室には再び和やかな空気が戻ってくる。
 彼らの些細な会話の積み重ねは、端から見たら、少しうるさくて騒がしい。

 そんな、昼休みの出来事。





fin.
2011/06/08:公開
2019/05/17:加筆・修正

thanks!!


⇒オズワルド(翡奈月あみ さま)

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七つの水槽