日向の花壇
「手袋をして、アストラ」
中央大陸、学院都市の外れに位置する霊園《リベラアーク》。その敷地内にある花壇にしゃがみこみ、黙々と手を動かしていたアストラは、背後から掛けられた声に手を止める。
指に付いた土を落としながら首だけで振り返れば、いつの間にか自分の手元を覗き込むように、同居人であるメモリアが佇んでいた。結われた深い紅の髪が、揺れる。
「土を弄るのなら、きちんと手袋をしないと。ほら、怪我をしている」
幼子に言い聞かせるような口調で諭されて、改めて自分の手に視線を落とす。枯れた葉を取り除くだけのつもりが、いつの間にか本格的な花壇の手入れになってしまっていた。よく見れば、爪の間にまで土が入り込んでしまっている。
そんな土にまみれた左手の人差し指。その腹側に、いつの間にか赤い筋が浮いていた。メモリアの言うとおり、素手で作業をしていたせいで、何かに引っ掻けたのだろう。
「……雑草でも抜いたときに、切ったのでしょう。大したことはありません」
そう返しながらも、感覚というのは不思議なものだ。先ほどまで気付いてすらいなかったのに、傷を認識した途端にじわじわと火照るような痛みを感じる。
思わずじっと手元を眺めていると、背中にそっと手を当てられた。あやすように、軽く叩かれる。
「作業を少し休憩して、手当てをしましょう。救急箱を取ってくるから」
「大袈裟ですよ」
アストラの言葉に、メモリアはただ薄く微笑みながら、何も答えない。
「手当てが終わったら、お茶を淹れて? シルヴェリオが良い香りの茶葉をくれたの」
有無を言わさずにアストラの頭をひとつ撫でて、聖堂へと向かうメモリア。その背中を見送ってから、ゆっくりとアストラも立ち上がる。
服に付いた土を払いながら、何とはなしに空を仰げば、目に映るのは透き通るような青天。ゆっくりと流れる雲は目に痛いくらいの綺麗な白で、きっと今日は夜まで晴れるだろう。
「……あたたかい」
日当たりの良い花壇にいるせいも、あるかも知れない。風が心地よく感じられる陽気は、お茶をするには絶好だろう。
幸い、今日やることは終えている。メモリアが提案したように、日向でゆっくりとお茶を飲むのもいいかも知れない。
「アストラ、早くいらっしゃい」
少し、陽気を満喫しすぎたようだ。救急箱を下げて戻ってきたメモリアに急かされて、アストラは花壇に背を向ける。
柔らかい風が、花の香りを包んで消えた。
fin.
2019/01/21
2019/05/17:加筆・修正
